YU-GI-OH
普通の子

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「僕がいなくなってしまった時、なまえはどうしていたの?」
「私ですか?私はずっとWさんとVさんと一緒にいましたよ」
 暗い部屋に満ちたテレビアニメの人工的な明かりに、応えたなまえの翻った裾が鈍い色を映す。
なまえは人と会話をする時は必ず目を合わせるようにしている。一歩後ろから横に並び、膝を付いた頭へトロンは手を伸ばしてその髪を掬った。
「そう。ずっと二人と一緒にいたんだ」
「はい」
 櫛梳いていた髪に指を絡めて軽く引く。ピンと張った髪にも姿勢を崩さず柔らかい笑みを湛えた瞳はトロンの片目から逸らされない。
じいとその表情を見据えたトロンはなまえからゆっくりと手を離した。
「WとVはどうしてた?」
「家族と離ればなれになって心細くて、それでも身を寄せ合ってお父さんのことをしっかりと待っていたと思います」
「心細くて、か」
 見た目ばかりが幼い少年は純粋さに残酷さを足し合わせた笑いを唇に乗せた。
「そういうなまえはどんな時でも僕を信じて平然と待っていたんだろうね」
 きみはそういう子だから。どこか冷淡さを伴った口調にも微笑を絶やさないなまえは緩く首を振った。
「いいえ、私たくさん泣いてしまいました」
「へぇ、きみが?」
「はい。とっても泣いてしまいましたよ」
 真意を問うように嘘を見透かす眼差しがなまえを見下ろす。温和しい瞳は逸れることなく素直にそれに応じた。
「僕が帰ってきた時、そういう風にはとっても見えなかったな」
「はい、もちろんです。トロンがお帰りになった時、私は泣きませんでしたから」
 物柔らかい色を揺らがせない顔を矯めつ眇めつ、トロンは不思議そうな声音を発した。
「どうして泣かなかったの?」
「トロンがお帰りになって、どうして泣かなくてはならないのですか?」
 同じような声で疑問を返した少女をしばらくトロンは眺めた。薄明かりの沈黙の中、画面から聞こえる笑い声が反響して消えていく。
「ふうん。なまえっていい子だね」
 嘲りの響きを含んだ言葉をなまえは静かに聞く。嗤われても身じろぎ一つしない、現状では姉のように見える娘に向かって身を乗り出してトロンは感情の見えない笑みを浮かべた。
「じゃあさ、もしまた僕がどこかへ行ってしまったらなまえはどうする?」
 瞬きと同時に上下するなまえの睫毛に顔の半分を覆った仮面が擦れる位置で目を細めて囁く。
「今度も泣きながらWやVと一緒に待っているのかな」
「いいえ。私、もう泣きません」
「へえ、じゃあどうするの?」
 椅子の背に寄りかかり、無理難題を要求する上司のような声音になまえは一度瞼を下ろした。
「私は」
 瞼と同様に閉ざした口を開き、祈る修道女に似た仕草で指を組んだなまえは膝を折ったままじっとトロンを見上げた。
「紫のアネモネを持って、このお家をお守りします」
 暫く試すような瞳でその動作を眺め下ろしていたトロンは、ふと身に纏った空気を和らげる。そして、首を傾げて純粋な子供のように微笑した。
「…そう。きみはとってもいい子だね」
 頭を撫でようと伸ばされる優しい小さな掌をなまえは大人しく享受する。


 紫のアネモネ。
あなたを信じて待つ。


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