YU-GI-OH
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・Vちゃんそこはかとなく黒い


 私が小さい頃見た絵本に出てくる王子様のような男の子に出会ったのはちょっと奥まった裏通りだった。

 その子は大きなエメラルドみたいな目と桃色の髪とお洋服がとっても可愛くて…あ、とはいってもべつに私が彼を「ステキ!ナンパしよう!」ってやったわけじゃなくて、その裏通りで彼と私がぶつかっちゃったのがわたしたちの出会いだった。かわいいかわいいっていうけれど彼はちゃんと性別としては男の人で、ぶつかって転がったのは私だけだった。
投げられたヒキガエルみたいな声を出して、地面に尻もちついた私の手を取って慌てて起こしてくれた男の子は「ごめんなさいごめんなさい」って謝りながら、私をお家まで連れて行ってくれた。あ、これもべつに私が「ステキ!お家まで連れてっちゃえ!」って思ったわけじゃなくて彼が自発的にお詫びとして連れて行ってくれただけだ。もちろん私は「そこまでしなくても…」ってなったわけだけど、日本人らしい押しの弱さで結局お家まで一緒に来てもらった。
そうなると何かお礼をしなくちゃいけないと思うのも私としては当然で、家に上げて申し訳ないほどやっすいティーパックの紅茶と業務用のクッキーを出して一応お名前を尋ねた。合計500円もしないオプションを手に持った王子様くんの優雅な笑顔のおかげで、まるでここが高級ホテルみたいな錯覚を起こしそうになった。
「僕の名前はVだよ」
「…え?す、すりぃ?」
「ミシェルって呼んで」
「ええと、どっちが名前?」
「ミシェルって呼んで」
「ミ、ミシェル」
「うん。きみの名前は?」
「私、みょうじ…」
「名前は?」
「あっ、なまえです」
 彼は私が出会った中で一番和やかで柔らかい雰囲気と見た目と話し方を持っていたけど、実は最も押しが強い人でもあった。お礼のお礼、とかお礼のお礼のお礼、なんてやり取りをじわじわと繰り返しているうちにミシェルと私は顔見知りなんて言葉じゃ足りないくらいに親しくなっていた。
そして、あれよあれよという間に彼は私の家へ普通に入って待っていることが多くなった。どうやらミシェルっていうのが本名なのかも私が知らない間にミシェルは私の家の合鍵を作ってしまったらしい。優しい顔して末恐ろしい。
もちろん諌めるべきだとはわかるしそうしようとは思ったのだけれど、捨てられることを悟った子犬のような顔をされるとどうにも出来ないでやっぱり私は流された。

 そんなこんなだからなんとなく…本っ当にうっすら、そういう可能性もあり得なくはないかなって思っていたように、今現在、ミシェルはソファで私を覆い隠すように見下ろしている。
「お、落ち着こう」
 どこからどう見ても落ち着き払っているミシェルに私は両手を見せ付けた。ああ…なんだか犬の情けない降参のポーズみたいになってる。
「こういうのは、み、ミシェルが好きな女の子にしよう」
 横はどうあがいてもミシェルに塞がれている。なんとなく返される言葉を予想しながら、私はこそこそ爪先だけ使って自分の体を押し上げる。そんな私を掴んで引き下ろすことはなく、ミシェルはアルカイックスマイル。
「僕、なまえが好きだよ。なまえも僕が好きだよね」
 ああ、やっぱり。フフンでもね、いくらミシェルが強引で私が押しに弱かろうがさすがにここまで流されることはでき
「好きって言わなきゃ犯す」
「ヒィッ!?」
 大胆不敵すぎる単語に思わず靴下が滑った。制服の襟がぐしゃっと潰れたのが首筋の感触でわかる。
「す、すすすすきっていったら?」
 普通の二倍の納税義務を押し付けられた貧困しきってる農民みたいな私の戸惑いに、幸福の王子って感じの満面の天使みたいな笑顔は答える。
「セックスしよう」
「あわ、は、あわわわわわわ」
 日本語こわい。いやこれ日本語の問題じゃない。
「ま、まって」
「何を?」
「ちょっと私もミシェルも混乱しているんだ!きっと!私が好きだと思う混乱のただなか!」
「混乱してるのはなまえだけだと思うよ」
 かわいい笑顔はばっさり無慈悲。
それでもソファの淵を掴んで無理矢理ソファから脱出する。すごく無様に転がり落ちた私をミシェルは怒ることも焦ることもなく見送った。絶対パンツ見えたと思う。そんな些細なこと、今はどうでもいいけど。
「と、とにかくミシェル今日はお家へ帰ろう。帰ってもいちど考えよう。ホームスイートホーム」
 もしミシェルが帰りたがらないのだったら私がちょっと出かけたっていい。いやむしろそうする。
そう考えて、捲れてたプリーツスカートをさっさと下ろしてノブに手を掛ける。けれど。
「な、ななななななぜあかぬ…!?」
 回らないどころか回りすぎる舌とピクリとも回らないドアノブに完全にパニックになる。何故だ、なぜ家主に開けられない扉があるんだ。そんな扉なんて壊れてしまえ!
私がとにかくめちゃくちゃに引っ張りまくる扉を、バンと上の方で叩いたモデルみたいな手が私の顔の横までゆっくりと降りてくる。
「ふふ、おうちがいちばん?今日からここが僕のお家だよ」
 幸せそうな囁きのすぐ後、ぬめる何かが私の耳の外側をなじった。ひええ。


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