YU-GI-OH
はがゆい

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 どうやら私は寝ていたらしい。
らしいって言うのは、私としてはあんまり寝に落ちた自覚がなくて、なおかつ目の前の光景はほとんど何も変化していないからだ。ちょっと変わったのは外から降ってくる光だ。いつも昼間に見るような太陽の明るさでも、夕陽の赤さでもない月の蒼白い光。

 さらに言うと周りの物音が一切ないことからちょっと夜、というよりは夜更けだろう。これは終電終わったな。アクビをしてから首を倒すとポキンと音がなった。あ、これ本当は良くないんだよね。
音と言われるほど大きな音じゃなかったはずのに、私が寝る前とほとんど変わらずパソコンに向かっていたブルーノは振り返った。
「あれ?なまえまだいたの?」
「うん…おはようブルーノちゃん」
「え?」
 驚いた顔をするブルーノはブルーノで、調整に集中しすぎていたせいで現在の時刻はわかってなかったらしい。時計を確認してからもう一度振り返る。
「……深夜みたいだけど」
「寝てたみたい」
「そっかぁ」
 にっこり、というよりほんわり笑ってブルーノはこっちにやってくる。
「終わったの?」
「すこし休憩」
 私の隣で大きな体を折りたたむブルーノは「大丈夫?寒くない?」って他の連中とは違う紳士な質問をする。平気、と首を振る私は実際、今は寒さより別の問題がある。
「ねえブルーノちゃん、ここら辺で深夜にご飯食べるとこあったっけ?」
「さあ…?多分ないんじゃないかなぁ?いや、僕もそんなに詳しくないけどさ」
「だよね、この辺りなさそうだよね」
「なまえお腹空いたの?」
「うん。…ていうかブルーノちゃんは空いてないの?」
「僕はあんまり」
「えー?」
 信じられない。ブルーノ、体はおっきいのに欲が少なすぎる。信じられなさ過ぎてブルーノの分もお腹が空いてくる気がしてきた。ご飯くらい普通に作れるし、作ったっていいんだけど基本的に生活力が低い奴らばかりなこの空間に食材がある気がしない。
…食べられないと思うとなおさらお腹が空いてきた。
「あーあ、これじゃ飢え死にしちゃいそう」
「あ、そうだ。僕、蜜柑持ってるよ」
「え、なにそれ」
 意外と収納力があるブルーノの上着(ジャケット?)からポロポロ出てくる蜜柑に思わず目が丸くなる。話を聞けば、たくさんの荷物をもってえっちらおっちら歩いていたお婆さんを助けて家まで送ってあげたらお礼に貰ったらしい。
「なにそれすごくブルーノちゃんっぽい」
 オレンジ色の皮だけ剥いた蜜柑はお腹が減ってるってことを抜きにしても甘くて美味しい。ちまちまと白い筋に気を取られていたブルーノは、特に深い意味はなかった私の言葉に首をかしげた。
「どういう意味?」
「…なんとなく?」
 記憶を失ってからのブルーノしか知らない私が言うのもどうかと思うけど、でもブルーノは記憶があってもきっとそんな人だ。日常的に木にひっかかった子供のボールをとってあげたり、車に轢かれそうな猫を助けてあげたりしているのが目に浮かぶ。
「なんていうかブルーノちゃんってお人好しのテンプレっぽい」
「えーと、褒めてくれてる?」
「全然」
「えっ」
「いろいろ損してそうだなーって思ってる」
「そんなぁ」
 ヘタレてる犬の尻尾でも見えそうな声でブルーノは肩を落とす。2m近い男がやっても可愛くないよって言いたいところだけど、実際そうでもないのは人徳の成せる技なのかそれとも贔屓目なのかわからない。
ねえブルーノちゃん、絶対に優しいってだけじゃこの世の中損するよ。…でもね、私は
「大好きブルーノちゃん」
「えっ」
 ちょっとだけ驚きを露わに身を引いた後「ああ、覚えてた?」ってブルーノは笑った。うん、まあ確かにあれは軽く忘れられちゃうような台詞じゃなかったけど。
…いやでもそうじゃないんだけど。
「…好きになってよ、ブルーノちゃん」
 ちゃんと言い直すのもなんとなく嫌で、蜜柑を飲み込んでからやけっぱちみたいに言って新しい蜜柑に手をかける。よそ見はしたくない。ぶすりとわずかにへこんでる中央に親指を刺して薄っぺらい皮を剥く。
「…とっくに好きだよ」
「えっ」
 ぱっと横をむくと、私が力加減を間違えた蜜柑から噴き出した液体に慌てて手で顔を覆ったブルーノの耳が遊星号みたいな色に変わってた。


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