YU-GI-OH
春に咲く

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・仄かに?遊←アキ要素


 綺麗なもの。
春に麗らかに咲く桜の花、夏の夜空に瞬く星々、秋の散った葉っぱ、冬の太陽に煌めく氷柱。
まあ思い浮かぶ物は人によるが、数え始めればたくさんあるだろう。そして今、なまえが思い浮かべるのは十六夜アキ、彼女の友達だった。
 もとより十六夜アキという人が美しい少女だというのはなまえも理解していた。しかし、最近のアキは富みに美しいとなまえは思っている。今まで一度もそんなことはなかったというのに、近頃はふとした笑顔になぜかドキッとする瞬間があった。
親との諍いが終焉を迎えてアキ自身が呪縛から解放されたせいだろうか。いや、そのような理由はともあれ、アキの笑顔はなまえの心に小さな想いの種を蒔いてしまった。
 まさか、同性だと言うのに。
自分を諌めるように浮かぶ思いは大脳新皮質の表面を滑っていくようで、なまえの胸にほんの少しだけ芽吹いた胸苦しさは彼女の側にいるだけで日に日に栄養を得て育って行くばかりだった。
そして、なまえがそれを恋と呼ぶのだと自覚する頃には、季節は冬を越えて命芽吹く春になっていた。

 春風の気持ちいい日だった。
アキの紅の髪が開いた窓から吹くささやかな風に揺れるのを眺めながらなまえはいつものように帰り支度をしているアキへ近寄る。
近付いて笑顔を返されること、学校帰りに共に遊びにいけることは最も親しい友達としてなまえの特権だった。
「ねえアキ、今日どこか遊びに行かない?」
 それは特別な誘い文句ではなかった。時折二人きりで学校帰りに「デートだね」なんて冗談混じりに囁き合う時の決まり文句。しかし、その日は少しだけ違った。
「あ…」
 荷物を鞄に詰めていたアキはハッと顔を上げ、それからおずおずと顎を引く。アキのすぐ隣で鞄を置いたまま机に寄りかかっていたなまえは両手を後ろ手に組みながら首を傾げた。
「どうしたの、あ、もしかして何か用事あった?」
「うん。…今日、行かなきゃいけないところがあるから…」
 言い方はまるで強要でもされているようなところはあったが、その語感はむしろ好ましい物だった。
「なまえ、ごめんね」
 見上げてくる瞳になまえは目を焼かれたような錯覚を覚えた。希望のように輝く光が今のアキの目には宿っている。
 ああ、そうか。
その時、すとんとなまえの胸に何かが落ちてきた。それはどんな難解な数学の問題を解けた時よりもなまえの胸を一瞬で満たした。

 アキは恋をしているんだ。

 なまえの胸に失恋という言葉から想像されるような衝撃はなかった。
もしかしたらそれに心の何処かで気付いていたのかもしれない。…いや、きっとそれは理由ではないだろう。
 そうとばれないように一つ深呼吸をし、なまえは後ろ手に握った小さな封筒を引き裂きながら微笑した。
「ううん、気にしないで。…あのさ、アキ、本当に綺麗になったね」


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