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ジェリービーンズの城

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 真赤な積木がショートケーキのイチゴみたいにてっぺんを飾ればハルト様は小さな両手を疎らに合わせる。
「なまえ、上手だよ」
「ありがとうございます」
 積木のお家を作るだけで褒めてもらえるなんてなんだかお手軽な職場…じゃない。別に私はハルト様のお遊戯係なんかじゃない…はずだ。でも現状、周囲からそんな感じに見られていることは間違いない。

 カイト様が顰め面で私の前に仁王立ちされた日はどれほど前だったろうか。とりあえずその日から私は毎日毎日、休日を知らない遥か昔の日本人みたいにハルト様の元へ通い詰めている。別に「お仕事」らしくきつい労働なわけでもお叱りを受けるものでもないから辛いとは思わないけど、自由はもう少し欲しい。そんなことこのガラスの檻に生きるハルト様には言えないけれど。
「なまえ、何考えてるの」
「あ、いいえ。ごめんなさい、ぼーっとしてました」
 真意を覗くような目をしたハルト様は立ち上がって完成して間もない家を押し倒す。ああ、新居があっという間に廃墟に。ハルト様の前世はブルドーザーかなんかかもしれない。
「なまえお城を作ってよ」
「お城ですか」
 アンバランスに立ってた土台から転げ落ちてきた青い破片を太腿で受け止めながら考える。この数で果たしてお城なんて作れるのか。
そうは言ってもハルト様のかわいらしいおねだりだ。なんとかそれらしいものは作ってさしあげたい。
 バラバラの積木を全て集めてなんとか絵本の表紙に描かれるお城のような形をつくる。
しかしどう見ても横に広がる造詣の関係で家を作った時よりもボリュームダウンしたように見えてしまう。
「お城じゃない」
 当然ながらハルト様は嬉しくなさそうだった。蹴り崩しはしないが、今にもそうしそうな顔はしていた。
「こんなのじゃ誰も住めない」
「そう…ですね」
 たとえお城でも積木のそれじゃ誰も住めやしないけど、ハルト様の言ってるのはきっとそういうことじゃない。…とは言っても使える積木は全て使ってしまった。これ以上お城らしい、大きな木造建築物は今の私は作れない。
「ハルト様、お城じゃないと駄目なんですか?」
「…僕と兄さんとなまえで住むんだ」
 形の良い眉が微かにゆがむ。だだをこねそうなハルト様なんて初めて見た。どうしよう、と周囲を探ってポケットで指先にぶつかったビニールを取り出す。
「ハルト様、これを差し上げます」
「何?これ」
「これはジェリービーンズというお菓子です」
 ほら、と小さなお口に一つ押し込む。嘘くさいオレンジ色。たぶんミカン味とかそんなのだ。
「積木そっくりでしょう」
「全然似てないよ、何この形」
「色はそっくりです」
「そう?」
「はい、この人工着色料感が」
「…………」
 明らかに疑わしげなハルト様の前に箱に残っていたお菓子を全部ぶちまける。
「さあ、お城を作りましょうハルト様。大丈夫です、こんなにたくさん部品があればきっとお城も作れますよ」
 言いながら散らばった粒を積み重ねる。お城っていうよりピラミッドになりそうな気もするが積木より数は多いし、少なくとも「家」ではなくなるだろう。
「お城も作れる」というセールスポイントを気に入ったのか、ハルト様も私に合わせて鮮やかな豆型を摘まんで重ね始めた。

 塵も積もればなんとやら。
ジェリービーンズたちは想像していたとおりミイラでも収納していそうなカラフルな建造物になった。どう見ても「お城」とは呼べない感じだ。
ハルト様どうかな、とその表情を伺うとハルト様は不満というよりも少しだけ不安そうに見えた。
「これならみんなで住めるかな」
「ええ、大丈夫ですよ。もしも少し狭いというなら、みんなでぎゅっと寄り添えばいいんです」
「ほんとう?」
「はい。きっと暖かいですよ」
「なまえもいる?」
「…はい、ここに」
 可愛らしい質問に思わず微笑んだ私に目を合わせたハルト様は身を乗り出す。落ちてきたビーンズがぽつんと手の甲で跳ねるのを感じたまま、私は何も言わずその甘い唇を受け止めた。


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