YU-GI-OH
片惚れ

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 本日は驚いたことに仕事中の私に来客があった。
なんだか偉そうな人っぽい肩書きだったので、ドロワ様とかいう噂の麗しい人かと思ってちょっとわくわくしてみれば、なんか砂漠の民みたいな見た目の男の人で(ゴーシュ様ってひとだ)「ほぉう、お前が、ふぅん、へぇ」なんてまじまじ見たあと言われた。何が言いたいんだろう。
しかもなんか当然のように居座られている。帰れ、とカイト様みたいにすっぱり言えれば楽なんだろうけど、私としては一応目上の人ってことになるしなんか面倒くさい。

 用件を聞いても出てくるのは世間話だったので、聞き流しながら仕事に励む。このままじゃまた仕事の遅さに痺れを切らしたカイト様からオービタルが遣わされてしまう。
そんな私の事情なんて毛ほども気にしないゴーシュ様は一頻りなにやら話したあと、ついに喉でも渇いたのか私に話題を投げかけた。
「なんかお前も話せよ」
「え?ちゃんと相槌打ってましたよ」
「そうじゃねぇ。黙ってばかりじゃお前のノリがわかんねぇだろ」
 そんなこと急に言われても、ゴーシュ様が楽しめそうな話題なんてとくに手持ちにはない。まさか「下町のケーキ屋さんのレモンタルト美味しいですよ」なんて話題で盛り上がれるタイプじゃないだろうし(盛り上がられたらそれはそれで…うーん面白そう)、ちょっと考えてから今朝廊下で耳に挟んだ会話を思い出す。
「あ、知ってますか?天城カイト様社内恋愛してるそうですよ」
「社内恋愛ィ?」
「同じ職場に好きな人いるっぽいです」
「へーぇ」
 文字にしてみれば微妙だけど、こちらをむく動作も声も興味ないというよりは関心ありげだ。女が女がと言うけれど、男でもやっぱり身内の恋愛話は好きなんだろうか。「それがですね」と聞きかじったばかりの噂を暇の肴にしてやろうと思う。
「カイト様、ドロワ様にホの字らしいです」
 当然といえば当然、彼は釣り目な目をまんまるくした。自分が知らない内にお偉い三人衆の内の二人がくっついちゃうなんて、ゴーシュ様もお可哀想に。
「あー、お前それはその…。……言い方古いだろ」
「首ったけみたいです」
「………」
 呆れた顔をされるけど表し方は問題じゃないから別にいい。
「カイトとドロワが、なぁ…」
「驚き桃の木山椒の木ですね」
「お前、爺さんか婆さんと住んでるだろ」
「今は一人です」
「昔は?」
「よくわかりましたね」
「お前そういうノリだからな」
 そういえばよく学生時代にも「あんたはなんとなくなんかチョイスが古い」とか言われたことを思い出す。
少しは暇も紛れただろうゴーシュ様はほっといて、並んだ文字列を睨みつけていると扉が勝手に開く。もしや今度こそ…!と思えば
「あれっ?カイト様?ええと、…まだ終わってないです」
 そこまで物珍しくはない姿だけれどこんな時間にこんなところにいらっしゃるのは珍しい。その傍らにいるオービタルに目だけで用件を聞くけど、私のアイコンタクトがわからなかったのか完全にスルーされる。
「わかっている。…お前に用があるわけじゃない」
「はあ」
 私からすぐに流れた視線を追ってゴーシュ様を見れば、彼は全然かわいくない顔で笑っていた。
「どこで俺がここにいるって?」
「ドロワが言っていた」
「…へぇ、あいつそういうノリか」
 どういうことだろう。さてはゴーシュ様おサボりか?
 …いや、もしかしてカイト様はドロワ様と二人っきりになりたいけどお優しいドロワ様がこのぼっちなゴーシュ様を気にしてらっしゃるとか!そしてゴーシュ様は実はお二人の仲を知っていて気を利かせてここまで来たとか!
私の灰色の脳細胞は冴え渡る。
「…こんな所で時間を無駄に浪費するな」
「言いたいのはこんな所で、か?浪費するな、か?」
「……どちらもだ」
 カイト様は難しい顔をした。
浪費はともかく、ここにいることに何をそんなに渋っているんだろう、と考えて気づく。そうかカイト様、私の仕事が遅いから気にしてるんだ。
それではダメだ、ゴーシュ様も頑張っているんだから、この下っ端もお二人の恋路に一花咲かせなくては!
「大丈夫ですカイト様!私、お仕事頑張ります!」
 いきなり声を上げた私にビビられた様子のカイト様は動揺したまま言葉を紡ごうとする。
「だが」
「ゴーシュ様と二人でいるの楽しくてとても捗ってますから!」
 ちょっと…いや結構嘘だ。
こっそりと終わってない仕事を机の奥の方へ追いやる。オービタルの目が微かに光ったけど、これもカイト様の為だ。ちょっとくらいは見逃してくれる。たぶん。
 私の言うことが信じられなかったのかカイト様は非常に珍しく目を丸くされたあと、「そ、そうか」と言葉に迷われた様子で来た時のように静かに扉から出ていかれた。オービタルはそれにすぐに続く、かと思いきや「なまえノぽんこつ」と捨て台詞を残してから出て行った。
 一瞬静まり返った部屋の中で私が押しやった仕事の山が抗議みたいな音を立てた。
思い切り萎れた紙を引っ張り戻しながら、私はここからどう上手く仕事を早く終わらせるか考えつつゴーシュ様を振り向く。
「カイト様、うまくいくといいですね」
 ついさっきまで楽しそうに見えたゴーシュ様は、なぜか今はどっちかと言えば哀れむような顔をしていた。
「…だといいな」


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