YU-GI-OH
かわいい人ね

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「エドくんってさぁ、シャカイジンなの?」
 シャカイジン、…社会人?
まるで異国語のように発音されたそれを、見知った漢字に変換するのに不覚にも悩む時間があった。
「どういう意味だ?」
「エドくんって年下のくせにプロデュエリストだし在籍してるはずなのに大して学校いないし」
 幼稚園児が絵本を読んでいるような姿勢で興味もなさそうに雑誌を眺めていたなまえは顔を上げて僕を見た。
「エドくんは社会人なの?」
「どうしてそんな事を気にするんだ?」
「あのね、彼氏が社会人だとなんかダンジョカンケーがうまくいかないみたいだよ」
 男女関係。
先ほどからなまえに縁がないと内心で決めつけている言葉ばかりが飛び出すせいか、いまいち頭の中で変換が追いつかない部分がある。
「その馬鹿げた雑誌にでも書いてあったのか」
「馬鹿っていう方が馬鹿なんだよエドくん」
 それでも否定しないなまえはベッドの上に座ったまま足を組む。彼氏との男女関係を気にするなら今すぐベッドから離れたらどうだ。言おうと思った言葉は口に登る前に頭の中で拡散する。言ってもどうせまた「エドくん何言ってんの?」で終わる。

 なまえは僕より一つ年上の「彼女」であるくせにどうも色々と配慮に欠ける。僕がそのエド「くん」と言うのをやめろと言った時もそうだった。
「じゃ、エド!エド。エド、…エド?…うーん、やっぱなんか変。エドくんじゃ駄目?」
 絶対嫌だなんて子供のような駄々を捏ねるのは腹立たしく「好きにしろ」と言い放ったことを今は少し後悔している。歴史嫌いだし、と意味のわからない言い訳を口にしたなまえが今思い出しても腹立たしい。

「ねぇ、エドくん」
「社会に参加している人間を社会人と呼ぶなら僕だけじゃなくてなまえも十分社会人だろう」
「あ…」
 思い出したというような声を上げてからなまえは首を傾げる。どうせ「社会人」の意味でも考えているのだろう。
「なんか違う気がするけど…まぁいっか。どっちにしろ私ももう少しで働くようになるものね」
 「エドくんより一年早い卒業だよ」なんてわざわざ口にして雑誌を捲るなまえはまともな社会人になれる程、人に気を配れるように僕には見えない。
だいたい、自分から卒業前の最後の休暇だからなんて言い出して人の家にやって来たというのにこの態度は何なんだ。人の気も知れないで、どうしてデュエリストやマネージャーという選択肢を蹴って普通に働く気になれるんだ。本当に、こいつは僕より年上だとは到底思えない。
 いい加減部屋から出て行ってやろうかと思ったところで不意になまえが雑誌を閉じて顔を上げた。
「ようやく読み終わったのか」
「ううん。エドくんこっち」
 嫌味を込めた言葉に気がつかなかったのか、なまえは平然とした顔で人のベッドを平手で叩く。いちいち文句を言うのも面倒で、その膝の上に置きっ放しにされた雑誌を見ながら勧められたまま隣に腰掛けた。
「ずっと黙っててごめんね。…やっぱり働くのって大変そうだね」
「もう弱音でも吐くつもりか?それでも自分で選んだんだろう」
「うん」
 清々しく頷いたなまえは雑誌を机に向かって軽く放る。コントロールの良くないそれは角に当たって表紙を見せたまま床に広がった。飾り気のない、つまらない就職誌。
「ありがとう、エドくん」
「は?」
「そうやってわざと冷たいふりして背中押してくれるのも、私が何もお話しなくてもずっとそばにいてくれるのも、プロのデュエリストを進めてくれたのも、それとなくマネージャーに誘ってくれたのも。
みんなエドくんの優しさだよね」
「何を」
 照れもせずになんて事を口に出すんだ。えも言われぬ感情に任せ、文句でも言ってやろうとした口が柔らかい何かに塞がれる。
「エドくん、だいすきだよ」
 瞬きすれば睫毛が触れる距離でなまえが微笑している。任せようとした勢いも完全に失せて、額を掌に乗せて俯いた。
「僕は、………」
 なまえは逃げる僕の顔を当たり前のように覗き込んで笑う。
ああ、やっぱり。本当にこいつには配慮っていうものがない。
「あ。エドくん、真っ赤でかわいいね」


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