YU-GI-OH
やけど

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・王道の血がつながっていない近親相姦系




 僕のお姉さまは気が付いた時には僕のお姉さまでした。
同じ遺伝子を持って産まれたわけではないお姉さまはいつでも皆になまえというお名前で呼ばれていましたが、それでもずっと昔から僕のなまえお姉さまでした。

 僕の記憶の中にいる一番小さなお姉さまは夏のある日、空に溶けるような水色のワンピースを着てどこからか帰ってきたお姉さまです。
僕らに幼い微笑みを浮かべながら帰宅の挨拶をしたお姉さまが持っていらしたのは血の色の小さな金魚でした。小さなガラスの中に入れられた赤い金魚をお姉さまと兄様と物珍しく眺めたのを覚えています。
その時、お姉さまは僕の手を握ってから「知っていますか?」と仰いました。
「お魚は人の体温でやけどしてしまうのです。人にとって暖かくて気持ち良い手のひらも彼にとってきっととても痛くって辛いのでしょう」
 僕と反対のお姉さまの手を握ったW兄様はその時、お魚を人のように例えたお姉さまを馬鹿にしたことをおっしゃいました。けれど、その声はとても優しいものでした。兄様たちはお姉さまが自分の気に入ったような行動をされる時はいつでもうっとりするほどお姉さまに優しいのです。
「悲しいですね」
 お話するようにお魚を見ていたなまえお姉さまはいつもとお変わりない顔をしていらしたので、きっとW兄様の言葉なんて気にせずお魚へ同情していらしたのだと思います。
そのお魚はお姉さまが一日ずっと気にしていらしたというのに、次の日にお腹を天に向けてしまいました。僕はお姉さまがかわいそうで泣いてしまいましたが、お姉さまは困った顔をしただけで、優しいお顔で僕を慰めてくださいました。
 僕に触れるお姉さまの手の温度が幸せでたまりませんでした。僕はお姉さまの暖かさが大好きです。

 なまえお姉さまのお部屋はそこにお姉さまがいることだけを想定して作られたように、お姉さまがいる時にこそ素晴らしいお部屋になります。
 僕がノックをしてから扉を開けるとお姉さまはにっこりして僕を受け入れて下さいました。
「Vさん、いらっしゃい」
「なまえお姉さま」
「はい。どうなさったの」
 お姉さまのことをお姉さまと呼べるのは僕だけの特権です。だって、なまえお姉さまはただ僕一人にとってだけお姉さまなのですから。
兄様やトロンがなまえというお名前で呼ぶ時よりも愛おしそうに目を細める表情だって、僕だけのものなのです。
「かわいいお花を見つけたのです。なまえお姉さまに差し上げます、受け取ってください」
「私に?…まあ、ありがとうVさん」
 そのお花は僕の思った通りお姉さまに本当に似合いました。僕を慰めて下さるその手、僕の手を握って下さった手。今、その手に抱かれているお花はそう、僕の身代わりなのです。
 トロンにも、X兄様にもW兄様にも、お姉さまの慈愛は平等です。けれど、今、お姉さまの優しさをただ一人で受けているのは僕だけでした。その事実に僕の心は跳ね上がりました。
身震いするようなこの快さは決してお姉さまには言えません。言ってはいけない気がするのです。
 だから僕はその気持ちを、桃色の可憐なお花を花瓶に活けようとなさるお姉さまの手を取って美しく言い換えました。
「僕、お姉さまのことが好きです」
 僕の、僕だけの大好きなお姉さま。そのお花のように僕もその手で受け止めて下さい。
「やめてください」
 その声が何をおっしゃったかわからないで、鏡のように美しい瞳を眺めた僕にお姉さまはもう一度同じことを言われました。

 やめてください。

 僕の耳が悪くなってしまったのでしょうか?一体なまえお姉さまは何を仰っているのですか?
「ごめんなさいね、Vさん。私はただの家族です、あなたの好意をいただくことはできません」
「…どうしてですか」
 声が、喉が、唇が、震えるのを自覚しながら僕は僕のお姉さまを見つめました。
「僕がお姉さまを好きでいることは許されないのですか?」
「ごめんなさいね」
 何時の間にか僕が差し上げたお花は花瓶の中で一人立っておりました。
優しい、やさしい僕のお姉さま。どうしてこんなに残酷なことが出来るお方なのでしょう。
昔、お姉さまの金魚を殺してしまった時だって僕は呼吸一つ乱さなかったのに。今は胸が痛くて息が苦しくって、止めどなく零れ出した涙を堰き止めようと顔を覆いました。
 嗚呼、こんな風に拒絶するのならば最初から何一つ受け止めて下さらなければ良かったのに。
指の間から落ちて行く雫を止められない僕の肩をそっと支えたなまえお姉さまは、それでもお姉さまのように微笑むだけなのです。


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