YU-GI-OH
白いは砂糖

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 おんなのこってなにでできてる?っていうあれにもあるようにお前、甘いもので出来てるの?ってくらい甘いものが好きな女の子は多い。私も例に洩れずそのうちの一人だ。でも私が好きなのはチョコレートとかケーキとかおまんじゅうとかそういうんじゃなくて飴。それもまさにお砂糖で出来てるタイプのあれだ。
そういうわけで私は今日は氷砂糖の袋を開けた。
「砂糖って甘いじゃない?」
「あぁ甘いな」
「でも氷砂糖って甘い気がしない」
 ふしぎ!と口の中の氷砂糖を噛む。結構いると思うけど私は飴を噛むのが好き派だ。「お前の脳内が一番不思議だよ」と私の真ん前の椅子に雑に座ってる本田が何故か呆れた声を出す。失礼な、成績では私に惨敗な本田なのに。
「ていうかお前それは飴じゃないだろ。ただの砂糖だ砂糖」
「………」
 無言で氷砂糖を渡すと本田は何気なくそれを口に入れる。
「…あ、ほら本田も舐める。やっぱり氷砂糖は飴だよ」
「ち、ちげえよ!」
 慌てて言って本田はガリガリ氷砂糖を噛み砕く。
「氷砂糖は氷、砂糖だろ!」
「じゃあ本田は氷砂糖コーヒーにいれるわけ?」
「…………」
 まあ、これ屁理屈なんだろうけど本田は大体私との口喧嘩には勝てない。中学生の頃からずっとそうだ。ちょっと腕組みなんてして勝利気分に浸っていると、勢いよく教室の扉が開く。
「本…うぉっ!」
「よぉ、城之内」
「よぉ、城之内くん」
 本田の真似をして、手を授業中によくやる「当てられたくないけど一応わかってるんですよ」っていう程度に上げる。
私がいるのは想像していなかったのかパントマイムばりに驚きを見せた城之内くんはそろそろ手を上げて「よ、よぉ」と返してくれる。けれど、視線は本田に向きがちだ。何かとても大切な用事かもしれない。
「じゃ、私帰る」
「あ、そうか?じゃあな」
「ばいばい、城之内くんもまたね」
 ここは気の利くところを見せてあげた方がいいだろう。サッサッと荷物を掴んで教室の出口に向かう。
「また…」
「あ、そうだ城之内くんもどうぞ」
 私に道を譲って曖昧に手を振ってくれた城之内くんにお礼と友情を込めて氷砂糖を一つプレゼントする。バレンタインにはチョコ強請ってる城之内くんだから甘いのは大丈夫だろう。
「ばいばい」
 もう一度だけ言って戸を閉めて廊下に出る。鞄を抱え直してそのあまりの軽さにちょっとビックリした。
あ、教科書忘れた。…ま、いっか。


 昨日教科書を忘れたおかげで渡されたプリントを教科書片手に埋める私の今日のお供はべっこう飴。
「お前なんで虫歯にならないんだ?」
「そういう体質の人って意外といるみたいだよ」
 詳しくないけど菌がどうのこうのとか聞いたことある。どうやら今日も城之内くんを待ってるらしく、本田は珍しく時計を気にしがちだ。いつも暇人で時間なんて気にしないのに。…まあ、本田の事情なんてどうでもいいけど。
「1919…えと、いくいく…人は平和なパリへ」
「なんだそれ」
「ゴロ。いくにいかれぬワシントン会議…1921…」
「………」
 だんまり気味な本田はきっとつまらないんだろう。でも悪いけど今の私はそれに構ってる場合じゃない。面倒くさい、早く終わらせたい。
「よぉ、城之内」
「…よぉ、城之内くん」
 本田の言葉からそこにいるのが城之内くんだとわかったけれど、今日は手も顔もあげないで声だけで挨拶する。ごめん、城之内くん。
うんざりしながらページを行ったり来たりしていると本田が昨日の私みたいにさっさと立ち上がってどこかへ行く。視界の隅から見慣れた上履きが消えていき、そして違う上履きが近づいてくる。あれ、本田一人でお出かけか。
「あ…の…よぉ」
「うーん?」
 明らかに私を対象に声をかけられ、意識を半分プリントに残したままさすがに顔だけは上げる。そこにはガサゴソとやたら物が詰まってそうなカバンを漁る城之内くんの姿が。何かを探している様子だけど、…あれ?今日なんかあったっけ?
一頻り探った後、サッと顔をこちらに向けて「これ!」と袋を差し出して言う城之内くんの語尾は上滑り。
「やるよ!」
「え?」
 貰う理由はもちろん、拒む理由もないからとりあえずそれを受け取る。いかにもお菓子っぽい袋の表を眺めると書いてあるのは「ブドウ糖」の文字。
「おおう」
「…好きだろ、そういうの」
「うん、好き」
 まさに私の好みの範疇ドストライクってやつだ。
…いや、でもなんで?なにか疚しいことでもあるのかと思って見上げるけれど城之内くんの視線を宙を漂っている。
「どうしたの?これ」
「え?いや、だから、…好き、だろ?」
「うん、好きだけど。…あ、昨日のお返し?」
 それにしては随分と大きな利息がついてるけど。不思議に思いながら首を傾げると城之内くんは頬を掻いて「そういうんじゃなくて」と呟く。
「…まあ、特に理由はないけどくれるってこと?」
「ちっ……!」
 舌打ちでなく、何か言いかけた城之内くんは「だあ!」と頭を抱えて前のめりになった。何も言ってくれないことにはこっちも反応出来ない。片手にシャーペン、片手にブドウ糖を持ったままこちらを向いている明るい金髪を眺めて待つ。
しばらくフリーズしていた城之内くんはゆっくりと顔を持ち上げると妙に赤い顔で素早く口を開いた。
「好きだから!なまえにやりたかったんだよ!」
 そのまま勢いよく踏み付けた上履きの踵を返して扉から飛び出して行った。
 残されたのは口を開ける暇さえなかった私一人。
…好き?…あ、うん。そっか、私が糖類好きだから…だね、うん。
びっくりしてシャーペンを取り落としていた右手で胸を押さえる。何時の間にか空っぽになっていた口の中が寂しくてもらったばかりの袋をそっと開けてみた。中身は食べやすい個包装になっている。一つとって、小さな袋を破る。

 …あ。そういえば、城之内くんに名前呼ばれたの初めてだな。
妙にどきどきしながら口にいれたブドウ糖は、ちゃんと好物なはずなのになぜだか全然味がしなかった。


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