弾丸
深々

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 この島には雨どころか曇りもない。じりじり毎日照らし付けてくる太陽を防ぐには、ところどころに植わっている木の影に隠れるか室内に入るかくらいの選択肢しかない。
 室内かつ暇つぶしになる場所、と考えて今日は図書館にでも行くかと二の島へ向かって少し歩いた俺はダイナー前に人影を見た。別にダイナー前に誰かいることは問題ないが、そいつは物好きにも太陽の照りつけるアスファルトの上で微動だにしない。何をしているのか、というかどいつだ?不思議半分興味半分でダイナー寄りに歩いて行って、俺はそれが誰か判別か付いた時点で足を止めた。
 そこにいたのは笑顔で一人、意味もなさそうに座っている狛枝だった。
 にこやかな視線を追ってもあるのはただのアスファルトだけ。はっきり言ってこいつにはあまり関わりたくはないが放っておくのもなんだか気味が悪い。一応、人二人ぶんくらいの間を開けて声を投げかけてみる。
「…何やってんだ狛枝」
「やぁ、日向クン。ボクが何をしているかって?ボクはましろさんを待っているんだよ」
 当然とでもいうような口調に少し驚く。逆井と狛枝が仲良く話をしているところなんて俺には見た覚えがない。
「逆井が来るのか?」
「うん、もちろん」
「待ち合わせでもしてるのか」
「まさか!そんなわけないよ!ボクみたいにちっぽけな羽虫のような奴がましろさんと待ち合わせなんて出来るわけないじゃないか」
「…え」
 拳を握ってキッパリと狛枝は断言する。が、なんだかそれはおかしい。嫌な予感がしながらも、俺の中でなかった事にすることも出来ずに相槌を打つ。
「…でも来るんだな」
「そう、ましろさんは来る。ここに来るんだよ、絶対に」
 狛枝は朗らかな笑顔を浮かべる。支離滅裂なのにいつかの暗く濁った眼差しではないことが逆に怖い。いつも以上に関わりたくなくなって立ち去ろうと思った瞬間、幸か不幸かその姿は見えた。
「あれ、日向と…狛枝?うわー、なんでここに」
「なんだそのうわーって。俺はここ通りかかっただけだよ」
「へぇ、ちなみに私は海岸にでも行こうと思って来たんだけど」
「そうか」
「うん。…で、狛枝は」
「ボクはここにいればましろさんが来ると思って」
「……あ、そう」
 真顔で反応に困ったような返答をした逆井はすぐに気を取り直したようで狛枝から視線を逸らして俺に向き合う。
「日向はこれからどこ行くの?」
「俺?図書館だけど」
「そっか、図書館もいいよね。涼しいし静かだし好きに暇潰せるし」
「まあな」
 俺と逆井から少し離れたところで狛枝は笑顔のまま動く様子を見せない。少しだけ逆井に寄って俺は気持ち小さめに話しかける。
「逆井、狛枝と仲良いのか…?」
「え?ううん、別にそうじゃないと思う。全然話さないし」
「じゃあ一体何を考えてるんだ…?」
 自然と不穏な考えが頭を過る。特別体格がいいわけでも、力があるわけでもない女子の逆井を待ち伏せする狛枝なんて何か惨劇でも起きそうだ。
「さあ?最近よくいるんだよね、狛枝」
 あっけらかんとした逆井の声に俺の思考は止まる。
「は?」
「なんか気付いたら近く歩いてるの」
「…ストーカーじゃないか、それ」
「いや、ストーカーってひっそりこっそり影に隠れて人の後追うような感じでしょ?」
 と言って逆井は俺の向こう、暑そうな格好で太陽にじりじり焼かれている狛枝を見る。
「…まあ、よくわかんないんだよね」
 確かにあれはストーカーというにはあまりにも堂々としている姿ではある。…そうだとしても女子が男に後をつけられるっていうのはいろいろまずいんじゃないか。俺が言うと逆井は困惑顔で腕を組んだ。
「…でも、べつになんか変なことされてるわけでもないしさ。今すぐどうにかしなくちゃいけないってことも、ないし…」
 珍しく歯切れの悪い言葉に驚いて逆井の顔をまじまじと見る。逆井は俺の視線に気が付くと少しだけ居心地悪そうに目線を落とした。それで俺は気付く。振り返って忠犬のように待っている狛枝を確認して、すぐにここから立ち去ることに決めた。
「そうか。じゃ、俺はもう行くよ」
「え、あ、そう?」
 いや、もう少し話してても…と戸惑い半分に言ってくる逆井に首を振る。
「俺も馬に蹴られるのはごめんだからな」
「え、馬?クマじゃなくて?」
「そいつの話はやめろ。じゃあな」
「うん…、またね」
 小さく手を振る逆井に軽く手を振り返して俺は歩き出す。しばらくいってから振り返れば逆井とその数歩後ろを歩く狛枝の姿が小さく見えた。
 それにしても今日も上から馬鹿みたいに照らしてくる太陽が暑い。あつすぎる。早く涼みに行こうと図書館へ向かう俺は自然と早足になった。


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