弾丸
跪いても

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※学園生活


 気配も前触れもなく、狛枝くんはいつも私を驚かせる。
「キスしてもいい?」
「……なんて?」
「キスしてもいい?」
 私の発した疑問は決してワンモアプリーズの意味ではなかったんだけど、どうやら狛枝くんにはそういう風に聞こえたらしい。いやまあ反射的に「なんて?」の三文字しか言わなかった私のせいでもあるけど。続いて小さく呟いた「なんで」の言葉にも「キスしてもいい?」なんて壊れた朗らかな村人みたいな応えしか返ってこなかった。違うよ言葉は聞こえてたよ、きみ声も滑舌もいいじゃん。
 狛枝くん視点では「きこえねーよ」と三回も同じ言葉を言わせたのに、彼は気を悪くすることもなく私の机の前で愛想よくニコニコしている。そんな心広く優しい人に「あのう、私にはあなたの言っていることは聞こえたのですが今度は理由をお聞かせ願えますか」なんて改めていうのはなんかこう、性格が悪くやや申し訳ないような気がする。「おねえってほんと付け込みやすい偽善バカだよねー」と脳内の誰かさんがかわいい声で言うのを聞き流して、私はそろそろと頷いた。
「……え、あの、うん、まあ…その、口じゃなければ…」
「ボクのようなゴミ屑がそんな畏れ多いことをお願いできるわけないよ。逆井さんの口が穢れてしまうじゃないか」
 べつに狛枝くんに穢されるほど綺麗な口のつもりはないけど。反応に困る私の前で花が解けるように微笑んだ彼は、花が萎れるようなことを言うと机の陰に隠れた。消えてしまった姿に椅子を引こうとすると足首が掴まれる気配がする。そのまま足がゆっくりと持ち上げられて…。
「っアー!」
「うわっ」
 なんの気遣いもなく反射的に跳ね上げた足は狛枝くんの反射神経と机のおかげで彼へ直撃せず済んだらしい。代わりに膝の真上を思い切りぶつけた私は机に突っ伏した。
「あれ、どうしたの逆井さん?」
「んな、な、ななにしようとしてるの…!?」
 痛みを堪えて捻り出した言葉の何をどう勘違いしたのか、机の向こうから見えた顔がキョトンとしてからまたあの笑顔に戻った。
「キスしてもいい?」
「何に?!何処に!?」
 さっきの会話忘れたわけじゃなくて!キスでなんで人の靴を掴む!?
四回目のテンプレだろうが流石に申し訳なさよりも疑問が溢れ出して声が荒ぶる。それなのに慌てる私の方が非常識みたいに狛枝くんは冷静だ。
「え?何処って、靴だけど」
「なんで!」
「なぜって…ボクが逆井さんにキスするには一番相応しいところでしょ?」
「ふ…、さわしいのは靴よりもっとあると思うけど…!」
「他?たとえば?」
 不思議そうに聞き返されて思わずたじろぐ。例えとか言われても同級生にチューするところで靴以上に相応しいところなんてあまりにも多過ぎる。というより靴が最悪の最底辺だ。
「ほ、ほほはほっぺとか!」
「え、そんな…ボクなんかが逆井さんの頬にキスなんて、そんなコトできるわけがないよ…」
 どもりながら選んだのは靴に比べるとかなり無難な部位のはずなのに狛枝くんにはなんかとんでもない答えだったらしい。私の返事に困り切った薄幸の美少女みたいな顔をして睫毛を震わせる狛枝くんに「いやそれでも私はほっぺにキスしてほしい!ぜひ私のほっぺにキスを!」なんて録音されたら有罪判定が下りそうなセリフは言えなくなった。かといって流石に本人が望んだからって靴にキスなんてさせるわけにはいかない。全くちっとも強要なんてしてないけど靴にキスすると知っていて放置するのは人として気が引ける。というか何がどうあっても人には見せたくない光景だ。ほっぺが犯罪になっても靴だけはせめて靴だけは。祈るような気持ちで私は指を組む。
「せ、せ、せめてあの、あ、ほらなんかこう私の肌に……」
 これじゃ私が変態みたいだ。手のひらに冷汗が滲む。私の必死さを汲み取ってくれたのか、数秒の思考の後に狛枝くんが口を開く。
「じゃあ足は」
「え?」
「足はダメかな……」
 ダメって言ったら天罰下りそう。嫌か嫌でないかなら間違いなく前者ではあるものの、靴か足かなら絶対足だ。肌という条件は飲んでもらっているし。足先だけで靴と靴下を脱ぎ捨てて覚悟を決める。
「……ど、どうぞ」
 とはいえ、流石に自分の足にキスする男の子の姿なんて絶対に見たくない。ちょっと身を引くだけで机が目隠しにはなるけど、それだけじゃ心許なくて思い切り目を瞑る。
「ありがとう」
 何にされたかよくわからないお礼の後に人の気配が沈む。狛枝くんは足にキスをすることで納得してくれたらしい。いや納得ってなんだ。なんだこのシチュエーション。視覚がなくなると頭が別のところに回り始める。握る指の力が強くなったところで、突然足に柔らかいものが触った。たぶん、唇だ。
「えっ」
 驚きで開いてしまった唇をサッと手の甲で抑える。ちょんと軽く触れただけだと思った口が違う動きをし始めた。キスっていうか、す、吸ってる?いやキスって吸うか?吸うんだっけ?吸うか?吸うのってキスに入るの?日本語でくちすいっていうし、そ、そうかも?変な反応する方が変なの?震えそうな体を必死に抑える。くすぐったい。つらい。なんかこう、羽根でコソコソとくすぐられているみたいなかんじ。いつ終わるんだろう。
「ううう……こ、狛枝くん…」
 様子を伺いたくて細目を開けて見下ろしても無機質な机しか見えない。さっきまでそれが助けだったような気もするのに、今では不安で仕方ない。狛枝くんがどう動くのかちっともわからないから、意識だけがそっちに向かってしまう。私の呼びかけに狛枝くんの唇が足から離れた。
「なあに?」
「こ、これ以上ひどくしないで……」
 私のお祈りに動きが止まった。足にかかる吐息が震えるのがわかる。え、な、なに?笑ってるの?なんで?なんなの…?頭の中がぐるぐるになってわけがわからなくなった私を慰める子犬みたいに今度はぬるりとしたものが指に触れて私は震え上がった。


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