弾丸
table tip

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・百合臭

「ましろさん、こっくりさんというものをご存知?」
 まさかとは思ったけれど、よりによってここの面子の中で最も「テーブル・ターニング」と言い出しそうな彼女が「こっくりさん」とくるとは。
優雅なティータイムに誘われ、食堂まで着いて行って山田君の淹れてくれたロイヤルミルクティーに一息ついたかと思えば、セレスは白い長方形の紙を出して…そうきた。

 個人的にオカルトに多大なる興味なんかは持っていないけれど、日本で有名なオカルトとして三本指には入りそうなそのワードを知らないはずはない。
「うん、知ってるよ」
「ほほう、こっくりさんとは五十音と鳥居、はい、いいえと男女を書いた紙にコインを」
「あら山田君?誰が貴方の解釈を望んだのかしら?」
 横から入ってきた声に、セレスは組んだ真っ白い指に顎を乗せて微笑する。笑顔で圧を発するセレスに「ヒィイ」と身をぶるぶる震わせた山田君は、器用にも一度青くした顔をすぐに少しだけ赤く染めて私たちから二歩引いた。視線はどうも私とセレスの間でうろついているように見える。
「それは良かったですわ」
 山田くんとの一連のやり取りを何もなかったことにして私との会話に戻ったセレスは傍らからペンを取り出す。セレスが常時ペンを持っている印象はないからたぶん山田くんのだろう。
「ではこっくりさん、致しません?」
「うん、いいよ」
 今日の内にやりたいこともやるべきことも特にないし、私が「こっくりさん」を心霊現象として信じているかどうかは別としてセレスからの遊びの誘いを断る理由は全くない。
雪のように白い、という形容詞がぴったりな指をすらすらと動かしてセレスは薄っぺらい紙に準備を施すと、未だに私とセレスを見比べたりしていた山田くんにペンを向ける。やっぱり山田くんのか。セレスに差し出されたペンを受け取った山田くんはすごすごと元の位置に戻ろうとした。セレスがそれを見咎める。
「…あら貴方、女子のおまじないの最中に居座るおつもり?出てお行きなさい」
 妙な迫力のあるセレスに凄まれて山田くんはそそくさと食堂から出て行った。たぶん彼はペン係として一時的に側に控えさせられていたのだろう。可哀想に。
 セレスがどこからともなく取り出した、見たこともないコインがよくある日本版のヴィジャ盤に乗る。先んじてそこに指を置いたセレスを真似して空いている狭いスペースへ指を置く。
残念ながら…といっていいかわからないけど、私はこの手の物は筋肉疲労説の方を信じているから誰かと実際にやったことはない。セレスはやった事あるんだろうか。迷いのない相手の動きに沿って私は合わせる。
「こっくりさんこっくりさん、来てください」
 定番のセリフを言っても突然ポルターガイスト現象が起こるようなこともなく、食堂はいつもと変わらない食堂の形をしている。
「…来ないね」
「もう少し待ってみましょう」
 沈黙を貫くこっくりさんにも動揺の色を見せないセレスはまさに勝負師らしいポーカーフェイスで私と向き合っている。
何分か待っていれば来るものなのかな。こっくりさんの読み込みが遅いことってあるものなんだろうか?
頬杖を付きたいけれど、ピンと背筋を伸ばして姿勢よく待つセレスを見るとそうもいかない。手持ち無沙汰で思わず呟く。
「セレスってこういうの信じるタイプなんだね。ちょっとびっくりしたよ」
「まあ、どうして?」
「なんていうのかな…。なんとなくセレスはこういう超常現象ってあんまり好きじゃないタイプかと思ってた」
「そんな事ありませんわ。ギャンブラーは夢見がちでロマンチストなんです」
 そういうものなんだろうか。私はどうしても始める前に確率と期待値の問題が頭に引っかかってしまって、ギャンブルとは無縁の生き方をしてきたからよくわからない。いや、そういう数字で弾き出されるようなことを乗り越えてそれでも挑むという点では夢見がちという言葉を使うのもそうおかしくはないのかもしれない。
「つまり、セレスはこっくりさんは来ると信じてる…ってことだよね?」
「わたくし、自分の運を信じてますの」
 魔法使いのような紅い眼差しが真っ直ぐに私を貫く。
…まあ、どういうことでしょう。
強すぎる目からそっと逃げるように視線を紙に落とす。皺や消しゴムのカスのような突っかかりは一つもない紙の上で小さな金属片はピクリとも動く様子がない。私たちの筋肉は全く疲労してないってことだろうか。
「…動かないね」
「ええ、まったく動きませんわね」
 どうやらセレスも動く気はないらしい。こっくりさんとやらはいつ来るんだろうか。
「セレスはこっくりさんに何を聞きたいの?」
「さあ?内緒ですわ」
 私たちの体温を移したコインを舐めるように眺めて、待ち人も来ないというのにセレスは幸福そうに笑っていた。


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