弾丸
はなびら

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「花火しようよ日向くん」
 どちらかと言えば戦争でも始めそうな装備をしている逆井が俺のコテージを訪ねて来たのは昼間だった。
「…この時間から二人で?」
「うん」
「七海は?」
 双子みたいと言ってもいいほど気が合うのか、何もなくともしょっちゅう近くにいる名前を出すと逆井は首を振った。
「ちいちゃんはこの時間ならゲームの方が良いって」
 そりゃそうだ。普通、誰がこんな時間から花火をするっていうんだ。まあ、そんなこと考える逆井の思考は「普通」と少し違うのだけれど。
「俺も花火はちょっと」
「ちょっと?」
「…いや、遠慮しておく」
「遠慮はいらないよ」
 そういう意味じゃない。
ライターを俺に向けた逆井の手を下ろさせて、俺はきっぱり口に出して断ることにした。
「今は花火をしたくないんだ、やるなら一人でやってくれ」
「……わかった」
 子供とはまったく違った方向でいつも純粋に穢れない眼差しが少しだけ曇った気がして、はっきり断ったにも関わらず一瞬心が揺らぐ。けれど、逆井自身が有無を言わさずすぐに扉を閉めたせいで俺は何も出来ずに部屋の奥に戻った。
 こんな明るい昼間から花火をするなんてどうかしている。それでも、どこか胸で引っかかるものがある。逆井は普段、七海以上に自己主張なんてしない奴だ。何を考えているのかよくわからずクラゲみたいに状況に流されておとなしくしている。もしかしたら、そんな逆井が俺を誘おうなんて考えるのはこれっきりかも知れない。なんで花火なのかはさっぱりわからないが、今のが逆井の一大決心のようなものだった可能性もある。
 考え出すとどうも落ち着かず、自然と足が扉に向かい手がドアノブに伸びる。

 その時気付いた。すぐ近くから何かが燃える匂いがする。
 焦げるような匂いで脳裏に蘇るのはもちろんさっき花火をしたがっていた逆井だ。
人が命を落とす方法なんてこんな特殊な条件下では咄嗟にワンパターンしか思い浮かばないが、実際にはいろいろな理由がある。そう、殺人事件などではない、…なにか不慮の事故とか。先ほど見かけたばかりの火種が頭の中で大きく膨らみ始める。
 逆井がきちんとした花火のやり方なんて知っているだろうか?火の処理の仕方を理解しているだろうか?あの無駄な重装備に火花でも散ったら何ができるだろうか?
 頭の中で転がっていく最悪の事態に余裕も思考もかなぐり捨てて、薙ぎ倒しそうな勢いで扉を開ける。そしてすぐそこにあった光景に俺は目を疑った。
「…逆井」
「こんにちは、日向くん。花火しない?」
 相変わらずの重装備でましろは一人、きちんと水を入れたバケツの横で花火を燃やしていた。当然だが、太陽の光に負けてその綺麗なはずの炎は大して見えない。
それでも逆井はほとんど見えない光を気にする様子もなく、次の花火に火を付ける。
「お前…」
「これ、花火がしたくなる匂いだと思わない?」
「どっちかと言えば火事かと思った」
 ひどい脱力感に扉の枠に寄りかかりながら呟く。
「うん、出てこなければ日向くんの部屋燃やしてやろうかと思ったよ」
 当然冗談なんだろうが、逆井が真顔で言うとそうも見えないのが本当に怖い。
青を主体としているらしい花火を燃やし終わって逆井は俺になにか別の花火を差し出す。もう反論する気力も無く、俺もその隣に座って火を借りた。芳ばしい匂いと微かな物音が弾ける。
「…逆井、花火好きなのか」
 手持ち無沙汰さとわざわざ誘ってきた逆井が一向に口を開かないのが落ち着かなくてありきたりな質問をしてしまう。逆井は指先で摘まむように花火を持ちながら首を傾げた。
「全然好きじゃないよ」
「……はぁ?」
 聞き返すのと同時に緑色が消える。新しい花火を取り出しながら逆井は「なに?」と、反対側へ首を傾げる。いやいや、それはおかしいだろ。
「好きじゃないのに俺を誘ったのか?」
 いや、その前に七海も誘ったみたいだけど。
「うん。火、こわいもの」
 なるほど、それでその重装備か。逆井の格闘ゲームみたいな格好と花火の端しか握らないことにその返事で納得する。
「…それでよく花火しようと思ったな」
「だって、花火って夏の風物詩っていうから」
「ふうん」
 一応逆井がそういう物に興味を持っていたことに少しだけ驚く。どちらかといえば逆井は七海同様に世間一般のものへの興味が薄くてよく知らないってタイプのイメージだった。
「それにしても、なんで俺と七海しか誘わなかったんだよ」
 ほとんど見えない黄色っぽい炎が尽きた俺に線香花火を渡す逆井に聞く。火が怖いというなら一人で俺のコテージ前で俺を無理やり引っ張り出すような真似をしなくても、たとえば澪田なんかは誘わなくても花火を見せるだけで大喜びで着いて来そうだ。そうじゃなくても極一部以外は今日の天気以外のことは何も考えてなさそうな逆井相手なら快く付き合ってくれそうだ。
 答えを待つ俺に、逆井は一つあくびを零してから口を開く。
「ちいちゃんと日向くんが良かったから」
「…何が?」
「私が死ぬ時に一緒にいる人はちいちゃんか日向くんが良かったから」
 言い終わると逆井は何事もなかった顔で線香花火を取り出して、俺の線香花火にくっ付ける。くっ付いたままやたら大きな火の玉を作る二本に一歩退いた逆井を見ながら、俺はその言葉に深い意味を見出していいのかかなり真剣に悩んでいた。


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