弾丸
深海魚は泣かないの?

main >> ronpa


・修学旅行関係ない
・狛枝かわいそう



 彼女の隣というのはとても心地よい空間だった。希望に対して狂おしい程に憧れ、焦がれているボクなのだけれど何故だか彼女の隣にいると胸を締め付けるような焦燥感や胸を焦がすような陶酔感は全く以って浮かばなかった。
 ボクにとって彼女の近くの空間は水泳のあとの午後の授業のように、微睡むことさえ出来るどこか怠惰で居心地のよいところだった。

 ボクが見ている限り、彼女、ましろさんはどこにいても本を読んでいる人だ。それでもあまり図書室などには寄らない。不思議な話だけれど、本そのものが好きだから、借りた場合返すのが惜しくなってしまうらしい。そのせいで彼女の読んでいる本はいつも本屋の真新しいカバーが付いたものばかりだ。
 そして、ましろさんはひどく欲の薄い人に見えた。いつも読む本を買ってしまいお小遣いが少なくなってしまうのか持ってくるお弁当箱は小さくて、それでも決して物足りなそうな顔はしたことがなかった。そのせいで満腹を知らないのか、どんなに退屈な授業が午後の一番始めに来ようが、どんなに周りのみんなが寝てしまおうがましろさんはねむそうな仕草を見せることさえなかった。
 ましろさんはみんなと同じような特別な人のようでいて、それでいて全くちがう特別な人のような不思議なボクの隣人だった。
そう、ボクが彼女のことをここまで知っているのは彼女がボクの隣の席にいる人だったからだ。遠くから星の光のようにましろさんのことを見ていた時にはボクはその隣の居心地なんて知る由もなかったのだから。

 ある晴天の昼休み、ボクとましろさんだけが世界に取り残されたみたいに教室に残っていた。彼女はただ単に本が読みたかっただけで、ボクはこの空間にいたいだけだった。ましろさんは本に指の乗せたまま、二人きりの世界に向かって言葉を放つ。
「狛枝はどこにも行かないの?」
「うん、ボクは今ここにいたいんだ」
「そうなの?」
「うん、ましろさんこそどこにも行かないの?」
「うん、私もここにいたいから」
 沈黙ばかりの漂う密室なのに息の詰まるような感覚は一切なかった。そこはボクにとって気持ちのいい、過ごしやすいだけの空間だった。
だからだろう、ボクは自然と口を開いていた。
「ボクはましろさんのの隣が好きだよ。どうしてかな?キミの隣だと心穏やかで自然な気持ちになれるんだ」
 少し驚いたように本から上げたましろさんは、視線を彷徨わせてから「それは」と苦笑混じりの微笑みをボクに見せた。

「私が狛枝のことべつに好きじゃないからじゃないかなぁ」

 そうだ、ボクは結局はいつでも希望に憧れているのであって、彼女個人に好意を抱いたりは決してしないんだ。恋だの愛だのなんて、そんなのは場合によっては病って呼ばれる類の気味の悪い現象だし、あまりにも馬鹿げた幻想だからね。そんなものを信じて「永遠」だなんて呼んでいるのをみると胸がムカついてしょうがないよ。
 ましろさんはそんなことは決して口に出さないし、ボクに対して向けたりはしない。不確定でおかしな思想を押し付けたりはしない。今だって本当に彼女の傍は居やすい空間だ。ボクはそれが嬉しくて嬉しくて思わず涙が出て来てしまいそうになる。


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