弾丸
飛べない鳥

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 朝食も終わり、人の散った食堂は私と逆井さんだけの空間になっていた。何人かが去り際に興味深そうに眺めたり、声を掛けたりしていた彼女の傍らには色とりどりの紙と鶴。折鶴自体はそう珍しい物でもないけれど、珍しいのはその小ささ。興味を持つ人がいても手伝いを申し出なかったのはそれが出来ないと思ったからだろう。
静まり返った食堂の中、逆井さんは技師らしい器用さでよく見れば鶴だと判別できるようなサイズで折り紙を折っている。
「ね、霧切さんってどうして千羽鶴が千羽なのか知ってる?」
 唐突に呼びかけられたことに面食らったものの、その答えは迷うようなものではない。
「いいえ、知らないわ」
「そう」
 そこから千羽鶴が千羽である由来の話が始まるかと思ったのに逆井さんの言葉に続きはなく、次の紙を手に取って続きを折っていく。会話は終わってしまったようだった。
「…どうして千羽なの?」
「え?」
 私の方から質問されるとは予想だにしなかったのか、顔を上げて驚いた彼女は私と目を合わせると「あ、あぁ」と頷いた。
「千羽の理由ね…。ごめん、私も知らないの。今度十神くん……に聞いても知らないか」
「そうね、彼はそういう事は知らないんじゃないかしら」
「気難しい人だからね」
 彼の面倒な性格を一言で片付け、逆井さんは重なった紙を減らし鶴の数を増やしていく。決して易しいものではない作業を機械的に素早く行うところは見ていてどこか快い。
「でも、私そういうの嫌いじゃないな。十神くんがいると空気が引き締まるし」
「というより殺伐とするんじゃない」
 呟くと逆井さんはクスクスと笑う。
「そうかも。…十神くんのこと嫌いじゃないなんて言うと腐川さんに怒られちゃうかな」
「そうかもしれないわね」
「ふふ」
 静かに空気を含んで笑う声。彼女はいつもそう、妙に大人びた仕草をよくする。容姿も話す言葉も年相応だというのに落ち着いている所作と、静謐とした雰囲気が彼女をどこか大人に見せている。なんだか不思議な人。

 その不思議な人は今、目の前で千羽鶴に最後の仕上げを施している。細い細い糸を通す針は渡された物だろうか。いや、あれはこの鶴には太すぎるかもしれない。逆井さんはあっという間に全ての鶴を繋いで、ペットの毛並みを整えるように軽く撫でる。そして、
「はい」
 ガサガサと、紙と紙が擦れる音が目の前で聞こえる。差し出された鶴の意図がよくわからない。
「何かしら」
「これ、霧切さんにあげる」
「…どうして?」
 欲しくないというわけではないけれど、理由が分からなくて受け取る手よりも疑問が先に出る。いくら器用で手際が良かったと言ってもこの鶴を作るにもそれなりに時間はかかっていたし、丁寧に作られたこれを逆井さんが私に差し出す理由がわからない。
「うーん」
 綺麗な鶴の群れをもう一度眺めてからまるで保母さんのように、はにかんだ彼女は首を少し傾けた。
「霧切さん好きなのかな、と思ったから」
「…私が鶴を?」
「うん、だってずっとここにいたでしょう」
 自分の手首についているものではなく、わざわざ食堂の壁にかかる時計をチラと見上げる視線を追う。長針どころか短針も随分と位置を変えていることに今更気付いて少し驚いてしまった。鶴を折るのに時間がかかっていることには気付いていたのに、今が何時かなんて気にしていなかった。
「きっと霧切さんは折り紙が好きなんだろうなって」
 確かにそれは特に意味もなく、することもないからと言って一箇所に留まっている間に経ってしまうような時間ではなかった。かといって私は彼女の考えるように折り紙に特別な思い入れがあるわけでもなかった。
どうしてこんなに長い時間を無駄に過ごしたのだろう。千羽鶴の由来という話の後、最初から話を切り上げてここから帰る事など出来たのに。
 …私は、
「貰っていくわ」
「うん、どうぞ」
 今度こそ差し出された紙の塊を受け取る。千羽と聞いて想像する重みは、信じられないほど小さな鶴たちからは感じられなった。掛けた手間からすれば驚くほどに軽い折り紙たち。
逆井さんがぐっと両腕を伸ばすのを横目に立ち上がる。「ちょっと寝ようかな」なんて欠伸混じりに呟く姿が年相応の子どもらしさを見せていて、どことなく微笑ましい。「ねえ」とかけた私の声もきっといつもより柔らかいだろう。
「ありがとう」
 目を丸くする姿から顔を背けて部屋まで歩いていく。私が千羽鶴なんて持っているのはどこか間抜けかもしれないけれど運良く私の部屋は近いから大丈夫だろう。
振り返り際に見えた、笑う逆井さんの揺れた髪がひどく綺麗で目に焼き付いていた。



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