弾丸
神様の言うとおり

main >> ronpa


「凪くん、どっちがいい?」
 かけられた声に顔を上げれば、ぐっと握られた小さな二つの拳がすぐ目の前に突きつけられる。焦点が合わないほど瞼の近くを揺れる手に、ボクはほんの少し身を引いた。
「ましろさん、今日は何かな?」
「うんとね、お菓子だよ。右には、って違う違う!」
 慌てた顔でウサギみたいに足を踏みしめたましろさんは大きく首を横に振る。
 あぁ、そんなにしたらきっと目が回ってしまう。
 そんなボクの心配に呼応したようによろめいた肩を少しだけ支える。すぐに立ち直ったましろさんは触れてしまったボクの手を気にせず「ありがとう」とニッコリしてからもう一度構えた。
「で、どっちがいい?」
「…そうだね、じゃあこっちがいいな」
「うん、じゃあ、ハイ」
 指差したましろさんの左の手が開き、小さな掌にはカラフルな包み紙に包まれた小さなチョコレートが乗っている。受け取るために手を差し出せば緑と赤の袋が落ちてくる。
「凪くんもチョコは好き?」
「うん、好きだよ」
「いいな、凪くん運いいなー」
 右手から出した小さなグミの袋を見を引っ張りながら、ましろさんは見ているだけで楽しくなるような笑顔になる。ボクに対して一歩も二歩も引いて話す人ばかりになったこの環境の中で、初めと変わらず屈託のないましろさんの表情はひどく貴重だ。
 本当はちょっと溶けたチョコレートは好きじゃないけれど、それでもボクはとても幸運だ。
 一頻りボクの様子を眺めたましろさんは満足した様子で頷くと今度は振り返りもしないで走って行く。その後ろ髪を引きたいという想いはボクにはおこがましいだろう。
 ましろさんは初めて言葉を交わした時から本当に変わらない。初対面、自然な流れでお互いの自己紹介を終えた後にましろさんは興味津々といった体でボクを眺めながら聞いてきた。
「ね、凪くんは幸運なんだよね?」
「うん、そうだよ」
「それはつまり凪くんがいつも幸せってことなの?」
「それはどうなのかな」
 一般的に見てどうなのかは別として、ボク自身はボクの事を幸運だとは思っていても、いつも幸せなんだとは思っていない。
 ボクの返事にしばらく首を傾げたましろさんは無邪気な口調で続けて尋ねる。
「んー?じゃあ、凪くんはただなんか運がとてもいいってことなの?」
「うん、だいたいそんな感じだね」
「そっか」
 十神くんの真似をしているように、あまり様にならない腕組みをしたましろさんは少しの間黙りこくってから思い付いた様子で肩から下げている小さなショルダーバックに手を伸ばした。両手で鞄の中を浚って、固く握った右手と左手を僕に向ける。
「ねえ凪くん、どっちがいい?」
「え?」
「どっちにする?」
「…どっちって言われても困るな、僕なんかに選択権を与えるより逆井さんが」
「だめ」
 僕の声を最後まで聞かず遮った堅い口調に驚いてその顔を見つめる。会って間もないのにそれでも珍しいことがわかる渋い表情を浮かべたましろさんは殴りかかるような勢いで両拳を突き出した。
「凪くんが決めなくちゃ駄目」
 何がそこまでましろさんを真摯にしたのか。それすらもわからないままボクはその時、確か右手の方を選んだと思う。途端に真面目な顔を笑み崩したましろさんは、ゆっくりと指を伸ばしながらボクの手に手を置いた。僅かな重みが掌に落ちて来た。
「凪くん、これからよろしくね」
 ましろさんが大好きだという愛らしい猫のキーホルダーをボクが今も大切に持っていると知ったらましろさんはどんな顔をするんだろう。



 元々図書館というのは静かな建物のはずなのに、ましろさんが去った後はとても寂しい場所のように感じる。古びた本の上で輝く、場違いに鮮やかなチョコレートのパッケージを眺めていると扉の開く音がした。顔を上げれば自然に目と目が合う。太陽に似た笑顔のましろさんは宝物を後ろ手に隠した子どもみたいな足取りでやってくる。
「ねえ凪くん、どっちがいい?」
「ましろさん、今度は何かな」
「えーとね、今度はねー」
 明るく弾む声は二人きりの空間によく響く。聞いているだけで心地良い響きなのに、ボクが少しだけ残念に思っていることをましろさんが気付く日はいつか訪れるのかな。

 “どれ”がいい?ならキミがいいのに


- ナノ -