捧/頂

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「ほら、ねえ見て」
 ブルーノ、と僕を呼ぶ愛らしい声に顔を上げれば目の前に突きつけられたのはプラスチックの玉を繋げたかわいいブレスレットだった。色取り取りのプラスチックが無色透明のそれを中心にきらきらと無秩序に並んでいる。
「へえ、綺麗だね。なまえが作ったのかい?」
「うん!ていうか、私と龍亞と龍可とアキちゃんと、ええとあと遊星も?」
「えぇっ?遊星が?」
「うん、テグス上手に結んでくれたよ」
「ああ」
 手先の器用な彼ならあり得ることだ。手を伸ばして手製らしいブレスレットをそっと揺らしても繋ぎ目は目立たない。やはり上手いな、と思うと同時に少しだけ羨望も揺れる。どうして僕はそこにいなかったんだろう。
「ねえねえ、この色の意味わかる?」
「色?何か規則でもあるのかな」
「そんな大層なものじゃないよ!」
 ころころ笑うなまえへ小さく笑いかけてからもう一度華奢な手首を彩る透き通った玉を眺めた。黄、赤、青、緑、橙…。様々な色が自分を主張している。
「うーん、なんだろう」
「ふふっ、正解はねー」
 じゃん!となまえは腕を持ち上げて子供のように笑った。
「チーム5D'sのみんなでしたー!ほら、イメージカラーってやつだよ」
「なるほど」
「ブルーノだっているんだから。ほら、この青」
 透き通る青はさも当然といった顔で他の色に混ざっている。他の色となんの違いもない、ただの丸い小さなプラスチック。良くも悪くも、僕はなまえにとって他の誰とも変わりのないただの5D'sの一員なんだ。
「僕もいるんだね、嬉しいな」
「当然でしょ?」
 輝く瞳を細めて腰に手を置いたなまえの手首が煌めく。他に飾り気がないなまえだけに、やけにその光が目に焼き付いた。
「でもなまえがオシャレだなんてなんだか珍しいね」
 まさか着飾って見せたいような相手が出来たとは思えないけれど。一瞬だけ過った冷たい予感を笑いながら振り払う。「オシャレ」という単語にぱちりと瞬きした彼女は、はにかんでブレスレットを付けた手首を掴んだ。
「お洒落っていうか…。あのね、こういうのがあれば、私、どんなに離れたっていつでもここに帰って来られる気がしたの」
「ここに…?」
 「帰る」という言葉がひどく僕を刺す。
「うん。どんなに時間が経っても…どんな未来が来ても、みんなと過ごしたここが私の家なんだって思うから」
 未来、みらい。
きみのいないみらい。僕が生きる未来。きみの、子どもたちがいつか生きるだろう未来。
なまえが帰る場所はここで、そして僕が帰るべきところは…。
「…ブルーノ?」
「ん、なんだい?」
 ハッとして何時の間にか落ちていた視線を戻すと、なまえは胸に手を置いて小さく呼気を零した。
「あーあ、驚いた…。なんだ、泣いてるかと思っちゃった」
「えっ、どうして?」
「ん?なんとなく」
 僕はきみの未来を救える。僕なら、きみの生きた世界を紡げる。
「ねえ、ブルーノ?」
「ん?」
 それなのにきみが寄り添って生きていくのは僕じゃない。
「早く、ブルーノもお家を見つかるといいね」
 本当は記憶も力もいらなかった。ここにいるみんなのように何も知らず、この時代に生を受け、純粋になまえへの愛しさだけで生き続けていたかった。
「…そうだね、ありがとうなまえ」
「えへ…。あ、でもでも、例えブルーノのお家が見つかっても私にとってブルーノはずうっと大切な家族だからね!」
「うん」
「ふふ、でもブルーノの家族にあってみたいな」
 純粋過ぎるなまえの願い。思わず息を呑んだ本当の意味は知らなくていい。
「いつか、きっと…なまえを連れて行く。約束するよ」
 本当は出来やしないとわかっている約束。こんな小さな約束さえ、僕には決して叶えられやしない。
夕焼けみたいに頬を染めたなまえが照れ隠しに大きく僕の手を振った。かわいくて堪らないのに、僕はその手首で小さく鳴るブレスレットを引きちぎってしまいたくなる。
ただ、この時代に産まれたというそれだけで僕が欲する全てを手に入れることが出来る人間の息吹がそこにある。この世界が、ここに生きる仲間が僕はとても好きなはずなのに、それが時々胸を焦がすほど憎くて堪らないんだ。


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