捧/頂

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 たぶん風也とのデートっていうのは、普通とはちょっと違うんだと思う。普通って言っても、私が知っている「普通」っていうのはドラマとか漫画とか、お話の知識でしかないんだけど…そういう二次元のお話が創作なんだとしても、やっぱり少し違う気がする。だって、風也はその作られたお話のなかでとても有名になった人だから。
 まず、私たちのデートはきっと他の人よりも少し早い時間に始まる。普段あんまり会えない分、そして折角の「オフ」で風也がバレて騒ぎになったりしないようにっていう理由で。
あまり人がいない駅前で私は小さなあくびを飲み込んだ。すると、ぱたぱたって人が走ってくる音がする。
「わ、あ、ごめん、なまえ…!」
「ううん、急がなくていいのに。…お疲れさま」
 小走りで来た風也のちょっぴりずれた帽子を引っ張って労う。私なんかよりよっぽど可愛い顔を隠す帽子。風也は子どもにも、お姉さんたちにも人気者だからそういうのには気を遣う。
しっかり被らせてから私と同じくらいにある頭をぽんぽんって叩いてあげる。私がそうしやすいように、って顎を引いて目を閉じる風也はお姉ちゃんに甘える弟みたいでなんだかとてもかわいい。
「ふふ、ねえ今日は何したい?」
「えっ」
「ん?」
 いつものように「なまえの好きなように」だとか「なまえがいつもしているようなこと」だとかすぐに答えると思った風也が反応したことに少しだけ驚いた。もしかして、何かあるのかな。普段あんまり好き勝手遊べない風也が何か「したいこと」があるんだとしたら、私はそれをしたい。
期待を込めて待機した私から悩むみたいにちょこっと目を動かした風也は、結局「なまえが行きたいところに行こう」ってはにかんだ。残念な気もするけど、風也がそういうならそうするしかない。
「…暑いし、水族館行きたいな」
「うん、じゃあ行こう」
 頷く風也は私の手を取って、一回離しかけてからまた握る。普通の、握手みたいな握り方。私も握り返してから歩き始める。風也と、二人きりのデートを。


 しばらく行くと歩道橋に辿り着いた。いつもどちらかと言えば下を行く車側の風也は物珍しそうに歩道橋から下を覗き込む。急ぐような時間でもないから付き合いで見下ろしてみたけれど、まだまだ車通りなんて少ない。
それでも楽しいのかな、男の子って車が好きなのかな。って思いながら風也を見ると、風也も顔を上げて私を見つめた。
「ねえ、なまえ」
「なあに?」
「やっぱり、僕、少しやりたいことがあるんだけど…」
「へー?」
 やっぱりあったんだなっていうのと、風也がそれを言ってくれたのが嬉しくて、私は気持ちだけ前のめりになる。
「何?私、何でもするよ」
「うん…、ちょっと目を瞑ってもらっていいかな」
 なんだかとてもドキッとした。
そんなことしなくても人なんていないことは知ってるのに、ちょっとだけあたりを伺ってから目を閉じる。見えない分、風也の気配を近くに感じる。どきどきする胸の前に空いている手を置いた。
伸びてきた風也の手は私の頭に向かって、そして。
「いつも、ありがとう。…なまえのこと、大好きだよ」
 なでなで。
私の髪が乱れないようになのか、とても柔らかく風也の手が私の頭を撫でた。驚いて目を開けると、慌てて手を下ろした風也はほっぺを赤くしてえへ、だなんて照れてる。
「……」
「あ、あれ?なまえ、どうしたの?」
「べ、っつにー」
 なによ、何よ。もう手だってずいぶん前から繋いでるのに。…こんなの、…これくらい、大したことないじゃない。
「?…なまえ」
「ほ、ほら行こうよ!」
 どうか、どうかばれませんように。
風也よりもちょっぴり早めに、大股に。熱くて仕方ないほっぺが早く冷めるように願って、私は風也の手を引っ張った。


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