捧/頂

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「はぁ?変装の修業?」
「そう、修業!」

 両手を正座した足の上に乗せ、なまえはきりっとした目付きで三郎を見据えた。
「実に残念なことに、私の変装の技術は飛び抜けて低いと見られるものなのです」
「へぇ」
「というわけで、我らが変装名人鉢
「身近で気軽に教えてくれそうな私に適当な修業をして欲しいと」
「そうそう。遠慮なしでお手軽に教えてくれそうなさぶろ…」
 そこでぴたりと言葉を切ったなまえに三郎は笑顔を向け、長い指先を伸ばした。


「変装だろうとなんだろうと一日二日で習得出来るような物はない」
「あい」
「だから簡単なコツだけをお前に教えておいてやろう。あとはお前自身で何とかしろ」
 向き合ったまま、平然とした調子で言葉を紡ぐ三郎を、なまえは少しばかり摘まれた頬を摩ってから見返した。
「…お願いします」
 少しばかり俯き気味だった顔にふ、と顔を近付けて三郎はなまえの視線と視線を合わせた。

「基本はじっくり観察」
「じっくり観察!」
 意気込み、三郎の言葉を繰り返したなまえもしっかと三郎を見つめる。傍から見れば睨めっこのような姿勢で二人はじい、と見つめ合った。
「観察、観察」
 視線でその輪郭をなぞるように、三郎はなまえの顔を眺め回す。
「観察、かんさ…」
 それに答えるようになまえもじっくりと三郎を見つめ、鼻先を見たところで不意に視線を止めて三郎の瞳を見つめ直した。
「…でも、三郎。それ雷蔵の顔だよね」
 今更といえば今更であるなまえの台詞に、三郎は三度瞬きしてから目を細める。
「なんだ、お前、私の顔じゃなきゃ嫌なのか」
「いや、別にそういうわけじゃないけど…」
 語尾を曖昧にしながら首を傾げる姿に、ふむ、と三郎も首を傾げ、懐から何やら白い布を取り出した。それからそれを素早くなまえの目に押し付ける。
「ぎゃっ」
 蛙を潰したような悲鳴を上げ、慌てたように布へと動いたなまえの手首を掴んで三郎は淡々とした調子で続けた。
「次の段階。指先だけで相手観察」
 手首を掴まれたままのなまえは布の下で瞬きを繰り返し、恐る恐る聞く。
「…ね、今三郎って素顔なの?」
「まあ、一応」
「………ねぇ
「高いぞ?」
 言いきる前に言葉を返され、なまえは唇を閉じた。
 そのまま大人しくなったなまえに小さく笑い、三郎は掴んだままの手首を動かして白い指先を優しく自分の瞼に押し当てる。
「これが瞼」
「おぉう…」
「で、これが頬な」
「むぅ…」
 いちいちよくわからない声を上げるなまえに三郎は口の端を吊り上げて、また指を動かした。
「これは鼻」
「……丸くない」
 思わず零れたような言葉に三郎はくつくつと肩を揺らし、なまえの手首を掴み直す。
「三郎の鼻かあ…」
 その拍子に揺れた指先がもう一度三郎の鼻先をくすぐり、なまえは小さく呟いた。
それに三郎は軽く頷く。
「そう。それで、これが」
「うん。」

「くちびる」

 言うが早いか、三郎は自身の唇をなまえのそれに押し当てた。



舌先三寸、恋をして。


10.08.27



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