メイン
Reaction formation

main >> other


 なまえは変な奴だ。
初めて仕事現場でなまえを見た時、とりあえず殺しとこうかなって思ったし、実際にそうしようとしたのになまえは首に手を掛けても全く動かなかった。俺に見つかって丸くした目をそのままに命乞いに喚いたりするどころか泣く気配一つ見せなかったんだ。そのまま膠着したところを俺から引き離されて、親父に自分の保護者が死んだことを伝えられても目はからからに乾燥してたし、家に連れて来られて俺たちが暗殺一家だと知っても少し驚いたのか瞬きしただけだったのに、少し落ち着くとなまえはどうしようもなく弱虫で泣き虫だった。
ミミズを押し付けただけで逃げ出すし弟たちにゲームでボコボコにされてすぐ涙目になる。あの時は全然平気だったくせに、俺が何も言わずに見つめ続けるとそれだけで何が怖いのか涙目になった。
それで誰に泣きつくってことはなかったけど、なまえは本当に体の九割九分が水なんじゃないかってくらいよく泣いた。

 今も俺に頬を抓られただけで泣いている。やろうと思えば出来るけど、別に千切ってやろうとまでしたわけじゃないのに。わずかに血が滲むそれは人間の輪郭っていうよりなんだか食べ物みたいに見える。
人間っていうものが泣くのをこうして近くで見るのは珍しくてなんとなく観察してみたけれど、いい加減飽きてきた。
「知ってる?泣きすぎると人の目玉って溶けるんだって」
「ヒ」
 人形みたいに開いたままで固まった目から涙が一粒零れる。滲んだ血を掠めて赤さを取り込んだ水滴がなまえの顎まで下りていく。
「まあ嘘だけど」
「えっ」
 「…うそなの?」とびくびくする姿は俺には特別珍しくもない。相手の機嫌を損ねないようにと下手に出てるような声はどうでもいいところでよく聞きすぎてつまらない。
声を無視して俺は踵を返す。
「イルミ、どこ行くの?」
「なまえのいないところ」
 普通の子供でさえわかるような足音を立ててなまえが俺の後を追うのがわかる。なんとなく振り返りながら答えてやるとなまえは一瞬だけ動きを止めてから少し急ぎ足になった。
「ど、どうして?」
「さあ」
 俺よりよっぽど短いコンパスでそれなりに急いで足を動かすなまえの姿が目で見なくても見える。スピードを緩めずに俺の楽なままに歩き続けると少しだけなまえの気配が下がる。
「待ってよ、イルミ」
「なまえは平気だろ」
 別にここは見知らぬ土地ってわけじゃなから俺に置いていかれても迷ったりもしないだろう。大体なまえは親父や母さんにも可愛がられてるし、ミルキやキルアにも遊ばれてるからもし迷っても問題ない。
どうせ俺がここでいなくなってもなまえはきっと明日には家で誰かに泣かされている。
「なんで」
「なまえは俺がいなくても大丈夫だから」
「そんなことない!やだ、いやだよイルミ。置いていかないでよ」
 「イルミ、イルミ」って泣きそうな声が俺の後を必死に追いかけて来る。いや、たぶんなまえはまた泣いてる。
そう思うとなんとなく気分が悪くなくて、少しだけ俺は歩幅を狭めた。


- ナノ -