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ちゃんと言ってよ

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*in司帝国



「なまえクン、ちゃんとしてくださいよ」
「ん……?」
 天高いところから降ってくるやけに良い声で目が覚める。モーニングコールというには贅沢すぎるお言葉は私のそばで立ち尽くす人物の、隠された口から落ちてきていた。
「あれぇ、ひょーがクンじゃんおはよぉ」
「おはようの時間ではないでしょう」
 流石にこの世界で数少ない人間とその声はすぐに判別できるものの、起きたての頭は言葉の内容を理解するのには時間がいる。えーと、仕事ひと段落してお昼寝してたから朝じゃないのはいいけど……寝てる人間になにしてろって?
 起きあがりながら土っぽい頭を手櫛で雑に撫でつけて、逆光でよく見えない顔が呆れた目線を向けているっぽいあたりを手で擦る。あ、よだれ…。
「しょうがないでしょ、寝てるときくらいちゃんとしてなくてもゆるしてよ。武術とか知らない普通の人間は寝てる間はぐにゃぐにゃだよ」
「それ以前の話です」
「以前……?」
 何の前だろう。ちゃんと起きてきた頭でもよくわからない。わからないので座ったままボーッと氷月を見上げる。自分の発した言葉の意味について私が特に何も考えてないことに気付いたのか、氷月は槍のお尻でトンと地面を叩いた。
「なぜ君はこんな辺鄙な所で寝ているんですか」
「なぜ? なぜって……。ここプライバシーに配慮した部屋なんてないしまともなベッドもないしどこで寝てもあんまり変わんないでしょ」
 まあ、南ちゃんはいつもわりとちゃんと干し草とか敷いたしたとこで寝てるけど……。まあ南ちゃんは南ちゃんだし。凝り固まった体を伸ばす私の肩甲骨を回す音に溜息が被さる。
「どうやら私はなまえクンを過大評価していたようですね」
「エッうそ……私きみにこの世で一番下等な知性を持つタイプの人間だと思われてるのかと思ってた……」
「それ以下だったということです」
「あれ、氷月って冗談言えるんだ」
 冗談には聞こえない氷月の『冗談?』を聞き流して私は周りを見回した。舗装の一つも残っていない土と緑だけの世界。私のお尻の下の寝心地がいいとは言えないけど、それが氷月の足の下でも寝心地なんて変わりはしない。
「ちゃんとっていってもさ、今って寝やすい状況をきちんと整えるの面倒くさいでしょ? 眠い時って眠いからやる気出なくてさ、ちょっと寝るだけだしわざわざちゃぁんと草とか敷いたり整えるの面倒で」
「ロケーションの話をしているとは思わないんですか?」
 トンともう一度槍のお尻が地面を叩く。
なんだか今の氷月はご機嫌麗しくなさそうだ。とにかく私が何もないそこらへんの土の上で寝ていたことがご不満らしい。そう言われても。意外と人が多い司帝国で他人を気にせずぐーぐー眠れる人気がないところなんて少ないのに。ロケーションに問題があるなんてひどい。ここは出来るだけ人が少ないところで寝たい派の私が見つけた憩いの場なのに。
「それが問題なんでしょう」
「え、なんで私が言いたいことわかったの?ゲンなの?」
「『言いたいこと』を言いたくないなら口を閉じて黙りなさい」
 どうやら氷月への文句は頭の中で抑えきれず口を飛び出していたらしい。
人気がないのがダメ、ねえ。昔お母さんとかに言われた『人通りの多いところを通りなさい』的なアレなんだろうか。しかし司が頂点に立ってる限りそういう犯罪は許されないとは思うけど。ということはアレか、誰かが働いてるのにダラけるようなおサボりは許しませんみたいな感じ? いやでもそれならむしろロケーションは褒められる方じゃない? 周囲に人いない方がいいよね?
 指で払えば小さな土埃が落ちてくる髪を捩りながら私はチラチラ氷月を見上げた。
ダメだ、「なんでお母さんが怒っているかわかる?」のお母さんの顔してる。なんだか黙っていても叱られそうなので正解がいまいちわからないままとりあえず「えー」と口を開く。
「……氷月、もしかしていま暇? 一緒に遊ぶ?」
「なまえクンで?」
 やっぱり不正解だ。これ以上変な答えで氷月のご機嫌を損ねたくない。何がダメなの、と目を逸らして膝を抱えると二度目のため息が落ちてきた。
「全く、全部言わなければ何もわからないんですか? 君の頭は間違いなくちゃんとしているハズなのに」
 物理的に私を見下ろしていた氷月が私の手を引く。ぱっと見細そうに見える氷月の力は私を立たせることなんて簡単すぎるらしい。勢いよく立ち上がった私は起き上がったところで止まらずに氷月の胸に飛び込んでいく。それがわかっていたみたいに氷月が私に顔を寄せる。布越しに唇が擦れた気がする。目をまんまるくした私の「ウッソぉ」がまた声に出たのか何なのか氷月の目が少しだけ笑った。
「一度くらい仕事以外でちゃんとしてるところを見せてくださいよ、なまえクン」
「え、えぇ…!」


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