最悪だ。


今日は朝から天気が悪くて、何だか気分も曇り空、寝起きから体もだるかった。つい先日終わったばかりの体育大会の余韻もあるんだろう。さすがに当日あれだけはしゃいだら、1日休んだくらいじゃ疲労感はなくならない。しかも代休は打ち上げで潰れてしまったのだから、実質休んだのなんて半日だけだ。その状態が続いて何日目だろう、そりゃあつらいはずだ。

重い身体をゆっくり起こして、リビングへと着替えに向かう。その途中で、がつん。足から全身に電撃が走る。うわぁ、こゆびぶつけた。声にならない叫びを上げて涙が零れる。

そう、このときから薄々嫌な予感はしていたのだ。


その予感の通り、というかなんというか、お昼になる頃には外は大雨、ざぁざぁ降り。おかげで4限の体育は自習になってしまった(諒の機嫌が一気に悪くなって正直怖かった)上に、雨のせいで偏頭痛がこれでもかというほど自分の存在を主張し始めて、私の1日のテンションは一気に地面に落ちた。

極めつけは放課後、掃除当番を終えてから。これ以上雨がひどくなる前に、と早々と帰宅しようとした時だった。

「ほんっと、最悪」

下駄箱の横に備えられた傘立てに残った数少ないそれらをちらりと目にやり、ため息。あぁ、また頭が痛くなってきた。

朝登校してきたとき、私は確かにそれを持ってきたはずだ。去年から愛用しているそれを。そしてそのカラフルな水玉模様をごちゃごちゃしたこの傘立ての中に入れた、はずだった。はずだったのに。それなのにまぁ、この場にそれはないわけでして。傘がない、ということは、この大雨の中帰宅する手段を失ったわけでして。次第に募る苛々を抑えようと、深呼吸をしてみるけれど、それすらもため息に変わる。

「はぁ、」

傘立てに腰掛けて、降り注ぐ大雨をぼんやりと見やる。鉄の冷たさがじわじわと下半身を侵食していって、少し汗ばんだ両足を蝕む。

別に、帰れないわけではないのだ。
傘立てにわずかに残された、誰のものかわからない透明や黒や鈍色をたった一日だけ、と拝借することもできる。だけれどもしかし、赤の他人のものを勝手に持ち帰る、というのは気が進まないので、却下。また、この雨の中ずぶ濡れになりながら帰る、という所謂強行突破という手もあるのだけれど。いかんせん今日のような偏頭痛がひどい日に無茶をすると、次の日は体調を崩すと決まっているのだ。しかも、結構長引いてしまう、というね。さすがにそれは避けたいと思うのは仕方ないことだと思う。

ぽつり、屋根をすり抜けて雨粒が一粒、目の前に落ちた。まるで早く早く、と急かすように、次の一粒が目の前を過ぎる。

こうなるともう、雨がやむのを待つか、誰か運動部の友達(それこそ諒とか、)が着てくれるのを待つしか手は無くなってしまう。しかしまぁこの様子じゃ数分待っても止むことはないだろうし、…部活終了時間は2時間後だ。

(あぁもう、どうしようもない)

いつまで私はこうやって雨を眺めていればいいんだろうか、と。そろそろ本格的にだるさが襲ってきたとき。


ガタン、と大きな音。びくりと肩がはねる、条件反射。この荒々しさは…きっと女子じゃない。そう思って振り向くのを躊躇う。パタリ、と靴が落とされて、面と面が擦れる音がして砂利が小さく悲鳴をあげた。
1歩、2歩、3歩、続いた足音が止み、雨音に混じって小さく漏れた声。あぁこの声は、


「…横山くん」
「どしたの、傘忘れたの」
「…とられた」
「うわ、どんまい」
「ほんと、」
「吉沢…体調悪い?」
「なんで?」
「声と表情」
「うそ、そんなわかりやすい?」
「なかなかに」
「うわぁ…雨の日はよくなるんだよね…」

ふーん、とさして関心もなさそうな返事をしながら私の隣に腰掛ける。冷たいよ、とかけた言葉は雨に吸い込まれて消えてしまった。

「雨、止みそうにないけど」
「そうだねぇ、どうしよう」

続かない会話。横山くんも傘忘れたの、そう言おうとして視線を動かすと彼の手にあるそれが目に入る。

「吉沢」

ねぇ傘があるのなら、どうして帰らないの、と。そう問いかけようとしたのだけれど、彼が口を開くほうがそれよりも早くて。

「え、」
「使っていーよ。俺家近いし」
「いやでも、風邪引いたらどうすんのさ」
「大丈夫。俺鍛えてるから、身体は丈夫なんで」

私の手に傘を押し付けて、地面に下ろしていた鞄を担ぐ。本当にいいのだろうか、借りてしまっても。申し訳ない気持ちが強くて、渡されたそれをまだ握れないでいる。

すると彼は、それに、と一言。大きな音。雨に触れるか触れないかの先で振り返って、

「吉沢が風邪引くほうが、俺は嫌だから」

そんな体調悪そうにして、これ以上無理しないで。一歩踏み出し、私の頭をポンとたった一度だけ叩いて彼の背中は土砂降りの中へと消えていった。そう、さらりと爆弾を残して。呆然とその白い背中を見つめるも束の間。手渡された真っ黒なそれを開くと、予想以上に大きくて、肩に掛けた鞄の紺色を真っ黒に変えずに家に帰れそうだ、なんて思いながら、後を追うように私も一歩を踏み出す。雨の下に出た瞬間、ふと鼻を掠めた匂いは、ついさっき隣で香っていた彼のものだった。

rainy veil
(彼の髪のように真っ黒で、彼の掌のように大きな、)

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正しくは偏頭痛(へんずつう)って読むんですね、(へんとうつう)だと思ってました。


(101216)








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