約束の日曜日。集合時間5分前にスタジアムに着くと、もうそこには横山くんが眠そうな顔で立っていた。

ちょっと早いけど行こうか、と言われて、廊下を抜けて観客席へと入る。真緑と黄緑のフィールドに思わず息が漏れる。綺麗、と無意識に声を出すとそう?と言って彼は不思議そうな顔をした。スポーツとは無縁の私はこんなに綺麗な芝生を見るなんて、最近では滅多にないのだ。素人丸出しで感嘆の声を上げながらさくさくと進む横山くんに続いて階段を降りていくと、彼は最前列のど真ん中へと腰かけた。

「ここはメインスタンド。サッカーの中継とかは全部この方向から撮ってるからこっちのがわかりやすいと思う」
「そうなんだ」

とりあえず腰を下ろしてサッカーの基本的なルールを聞いていると、周りがざわざわとした声が聞こえ始めた。なんだろう。不思議に思ってフィールドを見つめていると、少年達がぞろぞろと列を成して入場してきた。

「あ、ケースケくんだ」

その中から従兄の姿を見つけ、小さく手を振る。一瞬大きく目を見開いて、何か叫んでいたような気がするけど、気のせいにしておこう。(喚いていたのを背の高い人に引っ張って連れていかれてしまった。恥ずかしい)

***


「それじゃあ、俺行くけど」

ジュビロとマリノス(、だったかな?)の試合が終わった瞬間、そう言って彼は立ち上がった。試合中私が質問すれば丁寧に解説してくれた彼。言っていた通り、すごくわかりやすかった。きっとケースケくんとは比べ物にならないと思う。きっとこの2時間で私のサッカーの知識は人並みまでついたことだろう。

「わざわざ解説、ほんとありがとうございました」
「いえいえ。わかりやすかった?」
「そりゃあもう。なんか一気にサッカー好きになった感じ」
「それは嬉しいな。よかった」
「うん。今から頑張ってね」

大きく伸びをする彼に釣られて私も少し腰を伸ばす。ぱきぱき、と音がなった。この寒さでしかも座りっぱなしだったんだから相当負荷がかかってたんだな。首元に入り込んできた風に身震いする。

「よし、じゃあまた後で」
「はーい」
「帰り送るから待ってて」
「いや、それは悪いよ、」
「多分ケースケもついてくるから。あいつが一人で帰らせないだろ」
「あー、じゃあお言葉に甘えて」
「素直でよろしい」

ポンポン、と頭を撫でられる。少し、体が固くなる。じわじわ、と内側から力がかかる感覚。

「あ、そうだ」

階段を上りかけて、振り替えって、一言。

「ちゃんと俺のこと、見ててね」

ケースケじゃなくて、ね。
その声に熱の中心で何かが弾けた。きっと今の顔は誰にも見せられない。恥ずかしすぎる。(あぁもうかえりたい)


***

ピピー

ホイッスルの音が大きく鳴り響いた。試合開始。周りの声援を合図に一気に選手らが走り出す。その雰囲気にざわり、と背筋が伸びる。


それから20分ほどは両チームとも点を入れることができない状況が続いていた。エスパルスが攻めれば、ジュビロが守りに徹してボールを奪い、ジュビロが攻めればエスパルスが守りに守る。そんな攻守が入り乱れる中でも横山くんは一人目立っていて、どこにいても見つけられてしまうことに驚く。サッカーが上手いって本当だったんだ、そう、生温く思っていた時だった。

彼との距離は遠かったから、確かではないんだけど。ふと、横山くんが笑ったような、気がした。

その瞬間彼はジュビロのパスをカット。ボールを蹴ったケースケくんの顔がひきつった。そのまま逆サイドにクロスを上げて、自身は一気に駆け上がる。

胸がざわりとした。

ゴール前で味方の9番からパスを受けて、トラップ、そして敵の間をぬって、強烈なシュート。

余りにも、鮮やかな一連の動作に一瞬時が止まる。会場が湧いた。それを合図に時間が進み始める。我に返った瞬間、背中を走る電撃。この鳥肌は寒さからではない。彼の、プレーのせい。あぁ、この人は本当に。

いつかの球技大会のように、チームメイトに頭を揉まれて守備へと戻る。その彼の顔は、あの時とは違って満面の笑みで。

つん、と鼻の奥が痛くなった。

結局そのまま前半は追加点も失点もないままに終了し、ハーフタイムに入った。ベンチへ戻る直前、彼と目線があった気がする。あまり、覚えていないけれど。


先程のシュートを思い出す。色鮮やかに再生されるその記憶は、一秒一秒、漏らすことなく目に、体に、脳に焼き付けられていた。
あぁ、彼は凄い人なんだ、と。本当に今更なことを考える。それを改めて実感した今、襲ってくるこの気持ちはなんだろう。心に穴がぽっこりと空いてしまったような感覚。何か、この場所にあったはずなのに、それをどこかで落としてきてしまったような、そんな感じ。あぁこれを、虚無感というのだろうか。

憎らしいほど青く晴れた空を自虐的に笑い飛ばす。

今更、気づいたなんて。馬鹿みたいだ、本当に。(だって彼と私では、)


さっき、彼の位置から私の顔は見えていただろうか。願わくは見えてないことを。滲む世界に祈ってその場を立ち去った。




(彼と私とでは、見ている世界が違うんだ)


------------------------------

試合の描写、わかりにくいです。
気持ちの変化、わかりにくいです。


(101221)









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -