「…ねぇシゲちゃん。」

「なんや?」

「うちら、絶対目立ってるよね…?」


10月8日、金曜日。
午後6時となれば、部活動を終えた生徒たちの帰宅ラッシュ時でありまして。校門前で他校の制服を着た男女が並んでいれば、誰でも私たちの存在に気づくだろう。しかも男は派手な金髪に、目立つ容姿。
たくさんの、特に女子の熱い視線が、隣の彼に注がれているのは気のせいではないはずだ。
そして、嫉妬と羨望の視線が私に痛いほど刺さっていることも。



「そりゃ、ブレザーの学校に、セーラーと学ランのやつらがこんな堂々とおったらなぁ。」

「しかもシゲちゃんはこんなだしね。」

「そうそう。」

「そのわりには居心地悪くはなさそうだね。私視線が痛くてたまんないんだけど。」

「ん〜、だって俺見られんのには慣れとるからなぁ〜。」

「え?なに、自慢?」

「え?そうやけど?」



しれっとした顔で言う彼に少しいらっとして肘でお腹を狙う。もちろん軽くかわされる。むかつく。しかし、公衆の面前でこんな言い合いをしている場合ではないのだ。(さっきよりも視線が痛くなってる、怖い。)私たちが部活を休んでまで、二駅先にあるこの学校まで来たのには、理由があるのだから。



「あー、ノリックいなかったらどうしよ。こんな恥ずかしい思いしてまで来たのに。いなかったら泣くわ。」

「そんときは俺とデートして帰ればいいやん。もちろん、名前の奢りで。」

「え?何言ってんのシゲちゃん男でしょ。」

「は?誰のせいで部活休まなあかんようなっとんねん。それくらいせーや。」

「いや、だからその分は昨日ケーキあげたじゃん。」

「あれどうせノリックにやるやつの失敗作やろ。それじゃ俺は満足させれへんで?」

「うざっ。シゲちゃんうざっ。」

「あのー…」

「お前そんなこと言うと帰るで?」

「えっ、ちょ、それはなし。」

「藤村?名前ちゃん?」



小さく二人の名前を呼ぶ声が聞こえた。言い合いに夢中になっていた私たちはピタ、と動きを止め、その声の方に顔を向ける。そこには苦笑いを浮かべた待ち人がいた。



「お、ノリック。お久ー。」

「こ、こんばんは!!」

「…君ら人の学校の前で何痴話喧嘩しとんの…。」


呆れたようにそう溢すノリックは、後ろにいた同じサッカー部であろう男子たちに先に帰るよう促し、跨がっていた自転車からおりた。



「ちょっとまって、私痴話喧嘩なんかしてな…!!」

「そんな可愛らしいもんとちゃう。俺が被害うけとるし。」

「どう考えても私でしょ。」

「いーや、俺や。もうへとへとやもん。帰ってええ?」

「はぁ!?」

「ほんま自分勝手やわぁ…自分何しに来たん。」

「俺は勇気がだせん名前チャンの付き添い。まぁもう必要ないみたいやけど?」

「えっ、ちょ、」

「そっか、じゃあまた明日選抜の練習で。」

「あ、そや、ノリック。」

「ん?」

「誕生日おめっとさん。」

「ありがとさん」



え、ちょっと、本当に帰っちゃうの?ここで取り残されたらどうしたらいいかわからないんですけど。ていうか先におめでとう言われちゃったよね?この流れで二人きりなの?え?


笑顔のイケメン二人に挟まれて、わけがわからないという顔をしている私は端から見れば異常かもしれない。でもこの流れに着いていけてないのだから仕方がないと思う。うん。


とりあえず、手を振ってこの場から離れようとしているシゲちゃんを睨んでみる、と小声で「頑張りや。」なんて。応援する気あるのかないのか。でもここまで来てくれたことには非常に感謝してるので、声を殺して「ありがと。」と叫んだ。



さて、シゲちゃんを見送ったのはいいけど、この雰囲気はどうしたらいいんでしょうか。沈黙が妙に重たい。口を開こうとするけれど、心臓と脳みそがばくばくして、体が震えて、動かない。今さらながら、緊張。頑張れ、頑張るんだ私。



「あ、の…、」

「うん。」

「お誕生日、おめでとう。」

「ありがとう。」



少し照れた様に笑う彼に、私も釣られて笑う。あともう一つ、渡すものと、伝えることがある。さっきよりも心臓の音が大きくなってる気がする。熱を帯びた頬に、肌寒い風がちょうどいい。



「これ言うためだけに、来てくれたん?」

「えっと、あと、これ…。」



手に持っていた小さな紙袋を渡す。中には苦労して作った、二切れのパウンドケーキ。



「たいしたものじゃないけど…。あ、あとあんまり美味しくない、かもだけど…。」



呟いたごめんなさい、が風に消されていった。そのせいでまた恥ずかしくなって下を向く。やっぱり何か買った方がよかったかな、でも男の子って何あげればいいかわかんない、し。ぐるぐる回る思考に、余計に心臓がばくばくと音をたてる。
しかも、返事ないし、呆れられちゃった、かな。うわぁもう嫌だ帰りたい。

少し泣きそうになりながらそっと彼の顔を見上げると、やっぱり口は一文字に結ばれていて開く気配はない。


そこでふと気づく。
あれ?気のせいだろうか、彼の顔が先程よりもほんのりと、赤みを帯びているような気がする。どうしてだろう。


少し不思議に思いながらも、この沈黙を打破しようと口を開く。



「ノリック…?」

「あーもう!!」

「えっ。」

「ほんま、こんなことされたらめっちゃ照れてまうやん…。」

「なんかごめん…。」

「いや、謝らんでええんやで。」

「でも、そんなたいしたものじゃないのに…。」

「…ほんまにそう思っとん?」



そう訪ねる彼にもちろんだと言うように大きく首を振る。今からでも彼の欲しいものを聞いて祝い直したいくらいだ。というか、今何か言ってくれたらそれを明日にでも渡すのだけど。そう言うと、また呆れ顔。小さくため息を吐いたかと思いきや、ふと何かに気づいたように表情を変えた。



「今言うたら、それくれるん?」

「もちろん!!何か欲しいものある?」

「んー、そうやなぁ…。」



そう言って口に手をあて悩むように考えるノリック。それを眺めながら、お財布に余裕があったかを思い出す。もしあったら、帰りにプレゼントを買って帰ろう。そしたら明日の練習のときに渡せるし、なんて自分の完璧な計画に満足して、わくわくしながら返答を待つ。すると、ノリックが何かが吹っ切れたように、満面の笑みで口を開いた。



「それじゃあ…、」

「はい!!」

「明日の朝、ここの駅前にくること。」

「…はい?」

「僕と一緒に市役所いこか、名前ちゃん。」

「え?何しに?」

「婚姻届もらいに。」

「…え!?」

「僕も名前ちゃんも18と16過ぎとるし、法律的には大丈夫やで?」

「ちょっ、そこじゃなくて、」

「え?」

「いや、ノリック…私のこと好き…なの?(なんか恥ずかしいぞ)」

あまりの急展開に、思わず声を張り上げた。張りつめた空気を揺らす。いきなり飛躍しすぎでないか、と思いつっこんだはいいが、聞き方がまずかった。非常に恥ずかしい。でも言ってることは間違っていない、と自分に言い聞かせて、また速くなってる鼓動を落ち着かせようとする。肝心のノリックは、きょとんとした顔でこっちを見ている。



「え?僕まだ言ってなかったっけ?」

「え?聞いてない…よ…?」

「…」

「…」



再び、沈黙。
彼はやってしまった、というように赤く顔を歪め、片手で口元を隠している。告白したつもりになってたって、どうよ。正直そう思うが、そんなところも可愛いとか思っちゃうほどに私は重症なのである。


少し前の私のように真っ赤な顔で、一旦深呼吸をして、真っ直ぐな瞳で私の目を見る。



「名前ちゃん、」

「は、はい。」

「名前ちゃんのこと、初めて会った3年前からずっと好きでした。僕と結婚してください。」

「わ、私もずっと前から好きでした。た、ただ結婚はまだ早いのでお付き合いから始めませんか…!!」



自分が伝えようとしてたことを、先に言われてしまった。それでも、言おうとしたときと同じくらい、緊張したなぁ、なんて思ってると、自然に頬は緩んできて。お互いずっと前から、お互いを想い続けて、育んでた想いがようやく今日結ばれたってことが、本当に本当に嬉しくて。結婚はまだ早いけど、いつかはしたいなぁなんて思ってしまうほどに、今とても幸せで。



「確かに、結婚は早かったなぁ。」

「うん、もう少し後がいいな。」

「じゃあ僕がサッカー選手になったら、結婚しよな。」

「…またその時に改めて言ってください。」



こうやって、二人で笑い合える。それだけで幸せなんて。



「改めて、これからもよろしく。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」



初めて繋いだ手からは、幸せな温もりが溢れていた。




(緩やかに、そして軽快に流れ出す。)


◎翌日

「僕たち結婚します!」
「ちが、お付き合いです!!」
(((((こいつらまだ付き合ってなかったん!?)))))




Happy Birthday Mitsunori.Y!!


(20101008)







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