はぁ

吐いた息は白く、思わず伸ばした手も、思うように動かない。
夜も深まって、一段と寒さは増し、冬の訪れを実感するとともに、時のはやさを感じた。

もう明日も近いというのに、
ここから見える街はライトを煌々と光らせいて、まだまだ眠る気配を見せない。
ホームは電車を待つ人々の笑い声や幸せそうな声で溢れている。
自分の回りが色とりどりの光で包まれているようで、自分ただひとりが、違う世界に取り残されているような、そんな感じがした。


――いや、ひとりではなかった。
隣で口を閉じたまま、ずっと俯いたまま地面を見つめる、彼女もそうだ。


俺と彼女


まるでふたりだけが、色で溢れた世界とは別の、無色な世界にいるような。

もう一度、息を吐く。
先ほどと同じようにふわりと浮かんだ白は、伸ばした手ではやっぱりつかめない。

するり、するり、と、逃げていく。

あぁまるで、彼女のような、



「ねぇ」




今まで続いていた長い長い沈黙を破ったのは彼女だっ
た。
突然の声に思わず肩が跳ねる。
体の動きを最低限に抑え、斜め下の小さな頭を、顔を覗く。(彼女は俯いているから、ちゃんと顔が見えるわけではないのだけれど、)
その小さな唇から、何が紡がれるのかを、少し恐れながら。



「今日、クリスマス・イブだって、知ってた?」



予想に反した言葉に、目を丸くしながらも、こいつは何を言ってるのかと多少の呆れを含んだため息をつく。
傾げた首を元に戻し、目の前に広がる白い夜景に目を細める。
今の自分に、この景色は眩しすぎるのだ。



「そんなの、知ってるに決まってるだろ」

「そっかぁー」


彼女はそう言って、また口を閉ざす。
怪訝に思ってもう一度ちらりと彼女を見ても
見えるのはさっきと変わらず小さなつむじ。



はぁ



もう一度小さく息を吐いた。

頭上でアナウンスが電車の出発を告げる。
人々が急ぎ足で電車に乗り込む中、俺と彼女だけはその場所から動かない。


そして、ベルが鳴り、電車が去って、静寂



はぁ




息を吐く音がすぐ横から聞こえた。

視線を移すと
そこにはしっかりと前を向いた彼女の姿。
その目は赤く腫れていて、頬には二本の線ができていた。小さな唇を固く噛みしめて、震える体を抑えている。


今の自分には何もできないと、そう思っていたのだけれど。なぜか無意識に、腕が動いた。



そっと彼女の頭の上に手をのせる。
そして数回の上下運動。

ビクっと一回、驚いたように肩を震わせたのが合図。
今までよりも、体を震わせながら、前を向いていた顔は再び下を向く。


人が減ったからだろう。
耳をすませば、弱い弱い嗚咽が聞こえた。


寒さで動こうとしない唇を無理矢理動かして、
臆病で引きこもっている勇気を無理矢理に引っぱり出して、

声を出す。


「なぁ、
明日、名前のクリスマスを、俺にくれないか?」

震える声で伝える。


一瞬彼女の動きが止まり、さっきよりも頭の位置が下がる。
弱っている相手(しかも彼女を振ったのは自分の旧友、だなんて)に、こんなこと言うのはずるいんだろう。
でも本能がそうしろと叫んだ、気がしたんだ。


寒さとは違う意味で震える拳を握りしめ、NOに備える。



しかし


「いいよ。」

次の瞬間耳に入ってきたのは明らかなYES。

驚いて、数秒前の自分よりも震えた声で、そう呟いた彼女を見る。

彼女は再びしっかりと顔を上げていて。
驚いて固まっている自分と目があった瞬間、涙の跡が残る顔で満面の笑みを浮かべた。




無彩色の中、僕と君と小さな悲しみ

有彩色の中、僕と君と小さな幸せ



次の電車を告げるベルが鳴った。



(とりあえず、あいつを忘れることから始めよう。)(よろしく、竜也。)




(100920)








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