好きです、

その言葉を受けたのは、今回で何度目だろう。
まぁきっと、両手で足りるくらい、だろうけど。
もうすでにこの言葉、というか、この状況に飽きてしまってる自分がいる。
目の前にいる、名前も知らない男子生徒に気づかれないよう、小さくため息を吐く。


第一、なぜ自分なのか。一番の疑問である。
まぁその答えは大体、優しいから、とか、笑顔に惹かれた、とか、一目惚れです、とかで。
きっと、「私、実はそんなんじゃないんです」とか言ったって信じてくれないんだろう。
だって実際学校ではほとんどそんな感じだし。

私は全然優しくなんかないし、心から笑う時はそんなにふんわり笑えない。大口開けて大爆笑だ。
それに、一目惚れされるような容姿でもないと思う。
(まぁ多少は、努力もしてる、けど。)

でも学校生活を円滑に送るために、そういう猫かぶり、のようなことは当然してるわけであるから、
この疑問に対する回答は、まぁ納得いくわけである。

そこで、第二に、だ。

私がその告白に対して、良い返事をしたとして、君は何がしたいのか、何がどう変わるのか、という問いをぶつける。
普段はこんなことしないけど、生憎今の私は機嫌が悪い。
こんな時に言ってきた君が悪いってことで。ごめんね?

「何がしたい、って・・・」
「付き合って何がしたいの?二人で毎日登下校して、たまには手なんか繋いじゃって?抱き合ってキスしてあわよくばその先にまでいっちゃって?って感じ?」

早口で疑問符を飛ばし続ける私に、彼の頭は追いつかないみたいで、
口からは え?え? と短い声。
そんなに私がまくしたてるのが珍しいか、そうか、そうか。困ってる相手を見て少し悦になりながらも、もう一度、なんて優しい事はしてやらない。
そろそろかな、と思い、最後の問い。

「私ね、恋したこととかほとんどないし、ましてや付き合ったこととかほんとないから、こんなやつが恋愛語る資格なんてないんだけどさ。」

口調を完璧に素に戻して言う。

「人を好きになるってさ、その人の綺麗なとこも汚いとこも全部知ってその上でこの人が好き、って思うもんじゃないの?
見た目だけで好きになったってさ、どうせ中身の汚い部分知ったらすぐ嫌になるんでしょ?
特に相手が私みたいな猫かぶりの場合、は。
そんなの馬鹿らしいじゃない。
いくら周りに知られてなかったとしても、確実にその経験は自分の中で汚点になると思うもの。
そんな馬鹿な恋愛、私ならしたくないわ。」

苛々に任せて思ってることをつらつらと述べる。
自分の意見を相手に押しつけるのは駄目だっていつか授業で習ったけど、私、そういうのに抗いたくなるタイプなので。先生ごめんね。

あっけにとられながら、少し顔を青くして震える彼に、吐き捨てる。

「君が私の何を知ってるの?
何も知らない相手に軽々しく告白なんかするもんじゃないわ。」

じゃ、さよなら。
そう言って踵を返す。ここまで言ったら、きっと彼も
なんで私を好きになったのかわかんなくなっただろうなぁ。
今日の人は最初の質問以外答えてくれなかったし。
所詮そんなもんか。

あー、やっぱ恋愛なんて馬鹿らしいな、なんて思いながら
さっきからその言葉を必死に自分に言い聞かせてることに気づく。

あー、もうやだ、やだ。

先程の男子生徒と会う前に見た光景が、色あせることなく頭の中で再生される。
それを振り切るかのように、激しく頭を振って、その場から駆けだした。

目指すは教室。
荷物を取って早く帰ろう。



         ***



蒸し暑い廊下を早歩きで進んで、2-Bの札が掲げられた教室のドアを勢いよく開ける。
いつの間にか放課後になって一時間が過ぎていた。
この時間になると、クラスメイトは皆部活に行くか帰路につくかしてるから、どうせ誰もいないだろう、と、そう思っていた。

が、そんなことはなかった。

教室の一番後ろ、窓側の席、つまり私の席。
そこにいるはずのない人間がいた。

「おかえり。」
「・・・平馬、なんでいんの。」
「いちゃ悪い?」
「だってあんたC組じゃない。」
「まぁ気にすんなって。」
「気にするわ!」

私の席に堂々と座るこいつ、はいつもの無表情を崩さぬまま、似合わぬ冗談を言う。
ふざけるな、と椅子を軽く蹴ると、まぁまぁそう言わず、と窘められる。

この苛々の元凶はこいつだっていうのに、

「今告白されてた?」
「なんで知ってんの。」
「この席、結構見晴らしいいみたいで。」

はっとして窓の下を覗くと、そこはついさっき、私があの男子といた場所。
この日幾度目かの舌打ち。ああ腹が立つ。
よりによってこいつに見られてたなんて。

「何回目?言われるの。」
「覚えてない。」
「俺が知ってる限りでは、七回。
あ、幼稚園のときのも入れたら八回だけど。」
「・・・なんであんたが覚えてるのよ。」
「幼馴染だから?」

飄々と言うこいつに、私の苛々は募るばかりだ。
もういい、馬鹿らしい。早く帰ろう。
そう思って机の横にかけてあるスクールバッグを手に取ろうとしたら、その手首をがし、と掴まれた。

下げていた頭を上げ、じと、と睨む。
それに怯む様子も見せず、むしろ彼も私を睨み返してくる。
いや、睨む、というよりは、見つめる、という感じか。

「何?」

そう尋ねても返ってくるのは無言だけ。
さすがにちょっとおかしい、そう思い、訝しげな視線を送ると、一瞬目を逸らされた。
あれ?と思っている隙にまた見つめられ、ぐっと息を呑んだのがわかった。

「ねぇ、どうした「俺はさ、」

ようやく、口を開いた。

「俺は知ってるよ。お前のこと、ちゃんと。」
「・・・は?」
「実はすごく口悪いことも、一度爆笑しだしたら止まらないことも、照れ隠しですぐ殴ってくることも、実は泣き虫だってことも。」
「え、っ、ちょ、待って」
「ほんとは素でいたいけど、それのせいで周りに拒絶されるのが怖いことも、ほんとはもっと人に甘えたいってことも。あと、すぐ嫉妬するってことも、今知った。」
「えっ?」
「さっき、見てたでしょ。俺が告白されてたの。」

う、わ、ばれてた。
バツの悪い顔をしてみる。
別に故意的に見たわけではなかったんだ。
ただ、偶然その場に居合わせてしまっただけ。

校舎裏、放課後は静かで木洩れ日も入ってくる別名癒しの場所。ごみ捨ての帰りにふと覗いたそこに、こいつはいた。

相手はきっと、後輩の女の子だろう。
ふんわりとしてて、頬も赤らめて、背も小さくて
いかにも守ってあげたくなるような、可愛らしい子だった。
自分とは違う、女の子らしさを持つ彼女に嫉妬した。
そして、あの、普段は無表情の幼馴染が、目の前の彼女にすごく優しい笑みを見せていた、ということが、
私の中の嫉妬や羨望や苛立ちなどのもやもやした気持ちをかき乱していったのだ。

その気持ちを、見抜かれるなんて。
本当に、腹が立つ。

唇を噛みしめて、涙目になりながら、目の前の彼を睨む。
そしたら、笑われた。いや、微笑まれた。
驚きで涙が一粒零れる。

「なによ・・!」

ちょっと悔しくなって、そう叫ぶと、次は頭を撫でられ、
そしてまた微笑まれた。

「俺があの子になんて答えたかわかる?」
「わかるはずないじゃない。」
「ほんとに?」
「だって聞いてないもの。」
「『好きな子がいるから、ごめんね。』って言った。」

笑顔で死刑宣告。

衝撃だった。
それと同時に、ああ、終わったな、とそう思った。
優しくしておいて突き放すなんて、最悪だ。
止めていた涙が溢れだしそうになった。
こいつのせいで泣くなんて。
こいつだけには泣き顔なんて見られたくない。
そう思って腕を振り払い走りだそうとした。

でも逃げられなかった。
いつの間にかもう片方の手首は彼の掌の中で。
ぐっと力を込められると、自然と全身の力が抜けて、
ぺたり、とその場に座り込んだ。

彼が椅子から降りて、目の前にしゃがむ。
もう涙は止まらなかった。
彼は目線を私に合わせて、言う。

「俺が誰のこと好きか、わかる?」
「わ、っかんない、しっ。」
「まぁその感じだとわかってないっぽいな。」
「う、るさいっ。」
「な、こっち向いて。」

嗚咽が止まらなくて、下を向いてた私を力づくで自分と向き合わせる。
彼の顔がにじんで、なにも、わからない。
頭がぼーっとして、なにも、わからない。
もうなにも、わかりたくない、のに。
「俺が好きなのは、お前だから。」

そんなこと言われたって。

「うそ、だ。」
「うそじゃない。」
「から、かってるん、だ。」
「お前のことなんかからかい飽きたよ。」
「う、ううー・・・」
「俺はお前の綺麗なとこも汚いとこも知ってる。
そういうとこ全部ひっくるめて好きだから。」

真剣な目でそう言われたら、信じるしかないじゃないか。

「なぁ、俺にも何か訊いてよ。」
「は?」
「お前いつも告白されたら相手にしてるだろ。」
「だからなんで知ってんの・・・。」
「本人たちから聞いたから。」

ああもうさっきからこいつの爆弾発言についていけない。
頭の回転が本気で追いつかない。

「まぁそれはおいといて。お前は俺の質問?疑問?に答えられなかっただろ。」
「え、どれよ。」
「告白の返事と俺の好きな人。」
「あれも含まれるわけ・・?」
「なんでもいいや。俺ルール発動する。とりあえずお前が今からする質問に俺が答えれたら、」
「答えれたら・・?」

呆れながらも、少し期待して目の前の双眸と目を合わせる。
真っ黒な瞳が私のそれを射抜く。
口を開いて、一言。


「お前は俺のもの。」


あぁもう、なんでこんなに恥ずかしいことがさらっと言えるんだ。
しかも無表情で。少しくらい照れてほしい、本気で恥ずかしいから。


自分の顔がどんどん熱くなるのに気づき、その言葉に喜んでる自分を知る。
今日くらいは、素直になってみるのもいいかな、なんて。

「じゃあ、質問。」
「ん。」
「私の好きな人は誰でしょう?」

にっこり笑いながらそう言ってやると、彼はちょっと驚いた顔。そしてその後に自信たっぷりに正解を言い当てた。





そんな、夏の日の放課後の恋物語




(100919)







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