曖昧になんてさせねぇよ。
 ここは俺が、びしっと問い詰めてやる。



 *夏の夜も昼の内 〜2.5〜



 仁千穂を休憩に誘ったのは、本当に気紛れだった。
 ただ、俺が仕事をサボりたかった、それだけの理由だったのだが、まさかこんなことになるなんてな。

 あれから俺は軽く雑談を話し、空気が馴染んだことを確認して本題を切り出した。

「さて、仁千穂、涼一とのこと詳しく聞かせてもらおうか?」
「ただの高校時代の同級生ですよ」

 不服そうな顔をしながら答えた仁千穂。
 俺からそんなに追及されることが気に入らないのか。
 飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱へ捨てた後輩は、休憩室を後にしようと扉へと向かいだした。

「待て待て。話は終わってないだろう? 逃げんなよ」

 慌てて、腕を掴み静止を掛けると、目の前の後輩は小さく溜息を吐いた。

「今は勤務時間なんです。これ以上先輩に付き合って仕事が終わらなかったら、それこそ大問題になります」
「……」

 尤もなことを言われると、俺も反論のしようが無い。だが、この話も有耶無耶にするのは俺の野次馬精神が収まらない。

「ですから、定時後でよければ話せる範囲内で説明します」
「は?」

 後輩の思いもよらない発言に、俺は聞き間違いじゃないかともう一度聞き返す。

「ですから、先輩さえ良ければ定時後に話すと言っているんです。この時以外で俺は口を割るつもりは無い」

 俺を睨みながら言い切った仁千穂に、俺は圧倒されそうになるも心の中ではガッツポーズ。
 何だかんだで、こいつも断れない性分なんだろうな。部外者であるはずの俺に話すって言うんだから。

「定時後、楽しみにしてるぜ? よっしゃー、仁千穂君の為に仕事頑張るかなー!」
「どんな状況下でも頑張って下さいよ。先輩のフォローだけはご遠慮したいんですから」
「このやろう」

 俺に言い捨てて休憩室を後にした後輩を軽く睨みつけると、後を追うように俺も仕事へと戻る。
 さぁて、定時後はどう問い詰めてやろうか。







 時は進み、俺が待ち侘びていた定時後。
 仕事をきっちりと終わらせた俺は、仁千穂と共に居酒屋へと来ていた。
 
「いつも、これくらい頑張って頂けると嬉しいんですが」
「うるせぇよ。俺はやるときにしかやらない男だ」

 ビールを飲みながら、後輩と小言を交わす。

「で、本題の件だが、お前と涼一はどういう関係なんだ?」
「単刀直入ですね。そんな話し方をするから彼女が出来ないんですよ」
「お前な…。俺は回りくどいやり方が嫌いなんだよ」

 軟骨唐揚げを摘みながら仁千穂へ答える。
 そもそも、この件と俺に彼女が居ないのは全く関係ないことだろう。

「昼間も言いましたが、高校時代の同級生です」
「それにしては、不可解な会話が多すぎだろう」

 涼一は、お前を迎えに行くと言った。
 基本、慌てることのない冷静な仁千穂がたった一人の男の為に先輩を放置して追っかけた。
 そもそも、高校時代の同級生というだけでわざわざ先輩に断りも無く追っかけるものか?

「…会長は、俺の憧れだったんですよ」
「は?」

 憧れが、どうしてああいう展開になる? いや、否定できないわけでもないが。
 それに、涼一の発言はどう説明する。

「で、俺の高校男子校だったんですよ」
「…待て待て、そんな二次元的な話」

「ありえないわけじゃない。現に沢山居ましたし」

 俺だって何となくは予想していたけどな。何となくは。
 ただ、仁千穂と涼一の間にな、まさかな、男子校だからってな。

「付き合ってたとか…?」
「あるわけないじゃないですか。会長ですよ?」
「いや、お前らにとっての涼一がどんな存在か知らねぇよ」

 雲の上の人、のような発言にも取れるが、俺からみれば高校時代の涼一はただの子供だ。

 追加で頼んだ、ごぼうの唐揚げを口に入れながら仁千穂の話に耳を傾ける。

「会長は、顔良し、頭脳明晰、運動神経抜群で文句無しの人間だったんです」
「で、生徒会長になったから会長が、抜けてないわけだな」
「え? あ、そうです。俺にとっては会長は会長ですから」

 何年経っても会長というはどうかと思うが、それは個人の問題なんだろう。

「まぁ、いつしか憧れが恋心に変わって、涼一には告白したのか?」

 あの感じだと、告白したようにも取れなくもないが、付き合っていたわけではない。
 ややこしいことするなよ、お前らも。可愛げが無い。

「そこも話すんですか。…会長に気持ちは伝えましたが、付き合ってません」
「それじゃ、わからないだろう。核心を有耶無耶にするな」
「だから、俺は五年以上待ってたんです」
「涼一が迎えに来るのを?」
 
 俺が仁千穂に問いかければ、小さく頷いて応えを示す。

「会長が俺に告白してきたとき、迎えに来るといったんです。だから、俺も待ってますと」
「そう応えて、今日まで誰にもなびくことなく生きてきたと。…お前らも甘酸っぱいというか聞いてるこっちが恥ずかしくなるような青春送ってんな」
「だから、話したくなかったんです。今じゃありえない」

 そういって、顔を真っ赤にしているのはアルコールのせいではなく、間違いなく、

「照れるなよ。今更だろう?」
「照れてません!」

 ニヤニヤとからかう様に笑えば、直ぐに否定してきた。
 ほらな、間違いなかった。

「本当に、誰にも言わないでくださいよ」
「言わねぇよ。あいつとお前の関係が知れたら、それこそ会社が潰れかねないからな」
「……」

 俺の発言に俯く仁千穂。やはり、気にしているようだ。

「まぁ、普通に社員してれば関係はばれないだろうし、そう深く気にするなよ」
「勿論そうですけど」
「まっ、今日は涼一と仁千穂の再開記念だ! 俺が奢ってやるから好きなだけ食べろ」

 辛気臭い顔をする仁千穂の頭を勢いよく撫でて、俺はジョッキに入ったビールを飲み干す。
 目の前に座る後輩も一瞬呆気に取られるが、次の瞬間にはいつもの表情を浮かべて、

「それでは遠慮なく頂きますので、覚悟しててくださいね?」
「給料日前ってことを忘れんなよ、マジで!」
「さっき、好きなだけ食えといったのは先輩です」

 不適に笑って、本気でメニュー表と睨みあう後輩に苦笑して、空になったビールのおかわりを注文する。



 別に、こいつらの関係がどうのこうの言うつもりはなかったが、まさか涼一があんなし掛けをしてくるだなんて。
 このときの俺は、予想もしていなかったのだ。



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