あれから一週間。
 しかし、変化は何一つなかった。



 *夏の夜も昼の内 〜2〜



 親友からあの日以降連絡は無く、俺は今まで通りの日常を送っていた。

「に〜ちほ君っ」
「……なんですか」

 職場の机で溜まった資料の整理をしていると、にやにやしながら声を掛けてきた先輩。

 彼は入社してから、指導係としていろいろお世話になっていて、社内で一番付き合いが長い。当然、無視をするわけにはいかないのだ。

 俺は資料を片す手を止め、先輩の方へ目を向けた。

「今、切羽詰まってるわけじゃ無いんだろう? 軽く休憩行くぞ」
「……仕事してくださいよ」

 彼の軽くは全く軽くないことを知っている為、呆れながら言葉を返す。

「そういうなよ。面白い情報があるんだ」
「くだらなければ、責任取っていただきますからね」

「相変わらず強気だなぁ」

 資料整理を一度中断し、先輩の後に続いていく。




「で、何ですか?」

 自動販売機で一本ずつコーヒー買い、近くにあったベンチへ座った俺は、早速本題を切り出した。

 先輩は苦笑すると、隣へ腰を下ろし口を開いた。

「ここが経営難になっていたのは知っているだろう?」
「そう、ですね」

 入社して僅か、三ヶ月でリストラの波が押し寄せてきたのはまだ記憶に新しい。

「で、最近出来る会社と手を組んで再建を計るらしい」
「……なんで、そんなこと知ってるんですか」

 その辺りの情報は管理職クラス内で留めておくものじゃないのだろうか。
 先輩も、先輩というだけで役職が有るわけじゃない。

「なんでって……俺の身内がそこのお偉いさんだから」
「…………へぇ」

 意外とボンボン育ちだった先輩に驚きだ。

 でも、先輩の苗字で有名な会社はあっただろうか?

「ああ、俺はおばさんの方だから苗字が杉川なだけで、知り合いの苗字はー…」
「っ」

 先輩が名前に付いて説明しているとふと視界に入った影。
 一瞬だったけれど、見間違いはない。

 俺は先輩を置いてそっちの方へ走り出した。

「かいちょっ…!」
「……!? 仁千穂?」

 俺の声に反応して振り向いた人――片岡涼一は、驚いた顔を見せる。

 当然といえば当然。
 俺も会長もこんなところで会うとは想定していなかったからだ。

「仁千穂、急に走り出すな、って、涼一?」

 後から来た先輩が、彼を確認すると不思議そうに“名前”を呼ぶ。
 だから、俺は聞いたんだ。

「知り合い、ですか?」
「知り合いというか……さっきの話の身内がこいつ」

「お前……話すなよ」

 呆れながら突っ込む表情は、5年前となんらかわりはなくて。
 色々聞きたいこともあったけど、

「かわらないですね」
「性格はな」

 微笑みながら呟いた一言に、返ってきたのは温かな声。

「いつ戻ってきたんですか?」
「二ヶ月前だな」
「二ヶ月……」

 全く知らなかった。
 二ヶ月前からは同じ地を踏んでいたというのに。

「そう、気にするな。まだ、迎えに行けたわけでもない」
「……え」

 苦笑混じりにいうのは、5年前の約束の話で、やっぱり会長も覚えてますよね。

「俺は、この統合が終わって全てが片付いた時に迎えに行くつもりだったからな。まさかこんなところで会うとは想定外だった」
「俺もここで会長に会えるとは思ってませんでした」


 何となく二人だけの空間ができ始めていた時だった。

「片岡様、お待たせいたしました」

 会長にかかった声。
 タイムアップなのかな。

「仁千穂、今度ゆっくり話そう。必ず行くから」
「………早くしないと俺、知りませんからね」
「言ってろ」

 それだけ言って会長は、その場を立ち去った。
 しまった。親友とのことを聞いてない。

「二ヶ月もあれば会うものかなぁ」
「に〜ちほ君、俺はもう空気どころか窒素あたり?」

「せんぱ……本当にしまった」


 今まで会話で、会長との関係が漏れたも同然だ。大失態。
 今までの流れに落ち込んでいると苦笑した声が向けられた。

「別にいわねぇよ、問い詰めるけど」
「聞く気は満々じゃないですか」
「当たり前だろ。よっしゃ、もう一息付いて仕事戻るぞ」

「まだ休憩するんですか………」



 会長と会えたのは偶然。
 でもここから先は偶然に任せるわけには行かないから。

 先輩のおちゃらけた話を聞きながら、次の機会を想っていた。



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