「うしっ、話を戻すよ! 遥君の恋人ってね、今病院で入院中なんだよね」
「どっか悪いのか?」

 何気なく問い掛ければ、

「事故に遭って、リハビリしてるんです」
「リハビリ……」

 櫻下の代わりに、後輩が口を開いた。

「僕にできることって限られてるから、少しでも力になりたくて」

 必死に話す姿は、彼の本気さを語っていて、

「俺は何をすれば良いんだ?」
「おっ、覚悟を決めたね!」

 必死な奴を見捨てるほど、冷めた人間ではない。俺のすべき事を尋ねれば、櫻下が何食わぬ顔をして口を開いた。

 間違いなくこいつは本気で別れる覚悟を決めている。

「風山には彼が退院した後に住む環境を作ってほしいんだよね」
「は?」
「風山って、住宅のことなら顔が利くだろう?」

 櫻下が言うように俺の両親は不動産会社を経営していて、大抵のことならどうにでもなる。

「住む環境って……実家じゃなくて、か?」

 ふと沸いた疑問。退院直後なら慣れ親しんだ実家の方がいいのではないだろうか。

「実家近くだけど別の場所がいいんです。実家だと会いに行くのも大変だからって、向こうの両親も賛成してくれて」
「なんか、複雑だな」

 答えたのは後輩で、まぁ、家族の了承があるのだからこれ以上気にするつもりはない。

「僕の恋人、事故で失明したんです。だから、会いに行くなら僕が動くしかないから」

 僕の都合も関係なく、帰宅すればいつでも会えるようにというご両親からの好意に甘んじるんです。

「失明……」

 さらりと大事なことを言った後輩に、口が篭る。
 なかなかヘビーな人生を送っていたんだ。先が続かない。

「あ、気にしないでください。本人もそう気にしてないみたいですから」
「あぁ。なかなか気の強い奴なんだな」

 女性で、ここまで踏ん切りをつけられる人はそうそういないだろう。

「はい。この世で一番かっこいい僕の恋人ですから」
「へ〜って、は? ………かっこいい?」
「あれ、風山ってば勘違いしてる? 遥君の恋人は」
「男です」
「あーね!」

 そうきましたか。そうなれば今までの逞しい話も頷ける。ご両親もよく許可を出したな。

 そこで、ふと引っ掛かる。

「なぁ、そいつはいつ頃事故ったんだ?」
「え? 三ヶ月前ですけど」

 三ヶ月前に事故って、失明した奴ね。
 偶然にも一人だけ心当たりがある。確認を取ってみるに越したことはないだろう。

「その件、引き受けるぜ。希望住所さえ教えてくれりゃなんとかする」
「ありがとうございます!」
「さっすがだね、風山。もう少しの辛抱だ」

 各人様々な言葉を俺に向ける。
 櫻下は今だに俺と別れることだけを口にしていて、

「そうだな。これが終われば綺麗さっぱり断ち切れる」
「〜〜っ」

 俺が嬉しそうに頬笑んで切り返した刹那、泣きそうになったそいつの表情。

 なぁ、櫻下。お前の本音はどこにある?




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