いつからだったのだろうな。
 気付いたら、本気になっていたんだ。



「かっざやまく〜んっ」
「どわっ」

 楽しそうに呼ばれた名前と身体に走る衝撃。
 飽きもせず、こいつはまたやってきた。

「櫻下、まじうぜぇ」
「やだやだ! 楽しんでるんだよ……俺が!」
「いや、テメェの都合なんざ知るかよ」

 頬を膨らませて反抗する櫻下に、ツッコミを入れる。

「なんてこと! 俺、こんなに風山君の事好きなのにっ」
「俺は何ともないけどな」
「ええ〜」

 ばかばか、言いながら(生半可なものじゃなく本気で)俺を殴ってくる櫻下。

 そう。残念なことに三ヶ月前から恋人としてこいつと付き合うことになったのだ。

 きっかけは、クラスメート達との暇潰しゲーム。いつも一人で騒いでいる櫻下に全員で告白し、二つ返事が貰えた人をからかいつつ、あいつは何者かを探ろうぜ。という、かなり下らない話。
 そして、不運なことにその対象になったのが俺だったのだ。

 だからといって、恋人らしいことをするわけでも無く、櫻下が来れば応える程度のことしかしてないが。

「ね! 風山」
「なんだよ?」
「ちょっと話あんの! いいかな? いいよね! さぁ行こう!!」
「ちょっ………」

 殴ることに満足したのか、櫻下は手を止めると急に満面の笑みを浮かべ、俺の右手を握ると全力で走り出した。そして、俺をクラスから誘拐して行きました。―――って、いやいや、誘拐されるな俺。

「いってら〜」

 友人達からは笑顔で見送られ、もう助けを求める術はない。

 思いの外、力もあり足の早い櫻下。
 ただ、男子校とはいえ男二人で手を繋ぐのは頂けない。
 櫻下に連れられてきた場所は、誰も寄り付かないことで有名な中庭だった(理由をあげるなら櫻下の領域に値する場所であるからだ)。

「………人?」
「俺が風山に会わせたい子ね!!」

 ベンチに腰を掛けている子は、櫻下とは対称的に大人しく、馴れ合いを苦手としそうな雰囲気を纏っている。

「はーるくんっ」
「櫻下先輩っ」

 両手を上げ勢いよく振りながら名前を呼んだ櫻下に反応し、立ち上がって振り返ったそいつ。
 櫻下を先輩と呼んだということは、

(後輩ね………)
「って、お前後輩いたのかよっ!?」
「失礼だなー。遥君ってば中学時代からの可愛い後輩よ?」
「こんにちは」

 後輩に抱き着き、やはり頬を膨らまして意見を述べる櫻下。

「櫻下に後輩って、似合わねぇな」
「ひどっ。まぁ、この件はおいおい話すとして」
「この人が、凄い人なんですか?」
「話が読めねぇな」

 後輩と俺は、櫻下に事の説明を求める。
 何がどうなったら、凄い人になるんだよ。

「そうそ、遥君! 風山、悪いけどさ、俺らに協力してくんね?」
「は?」
「そしたらさ、」

 ――――俺と別れて良いから。

 あっけらかんと関係を絶ち切る発言をした割には、寂しそうな表情を見せる櫻下。

 なんなんだ、こいつは。

「遥君ね、恋人がいるんだけど」
「承諾する前に話をするんですかっ!?」

 成り行きを話し出した櫻下に慌てて制止をかける後輩。

「だって、風山が断る訳無いから」
「――っ」

 苦笑しながら答えた櫻下に、息が詰まる。

「風山はお遊びで恋人ごっこをしてくれているだけなんだ。これで、付き合いが無くなると思えば断る訳無い」

 やはり、別れを話す櫻下の表情は曇っていて、演技なのか本当なのかいまいち掴めない。

 後輩も櫻下の表情に何か勘付いたのかこれ以上追求することはなかった。




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