「――っ」

 息を飲む声が耳に届く。
 視覚を遮断して空回りの音に敏感になったような気がする。

 この声は、

「遥哉……?」
「い、さね……」

 名前を呼ぶ声は間違いなく遥哉のもので、泣いてるのだろうか。音がずっと震えている。
 近付いて来る足跡、医者や看護師が何も言わないのは彼を見ているからだろう。

「いさね、いさね!」

 体にぶつかる衝撃と、側で連呼される名前。ああ、俺はこいつにどれだけ心配を掛けたのだろうな。

「遥哉。そう何度も呼ばなくていい。聞こえてる」
「伊紗祢が起きなくて、ずっと寂しかった。もう起きないんじゃないかって不安だった」
「………」
「二ヶ月は、長すぎるよ……」
「悪かったよ」

 ありのまま話した遥哉に謝罪の言葉を述べ、髪を撫でていると急に黙り込んだ彼。

「遥哉?」
「………」
「大丈夫よ、藤草君。遥哉君なら安堵して寝てるだけだから」
「え?」
「君が寝たきりになって一ヶ月経った頃位から寝てなかったみたいでね」

 医者達から告げられる俺を待っていた遥哉の状態は余り良いものではなく、

「ほんと、何やってんだよ」

 最愛の人残して、良く寝てられたな俺も。

「こればかりは、君のせいじゃないからね」

 苦笑しながら医者が俺の独り言に答える。

「どうだかな。………で、失明したのか?」

 このまま話して医者の小言を聞く位なら、当初の話題へ話を反らす。

 俺がお婆さんを助けなければ、こんな展開はなかった。
 お婆さんだって、引かれず運よく助かった可能性だってある。逆に、親族が悲しむ展開だってある。

 結果はこれだったんだ。仮定話しか出来ないモノを医者に話したところで、偽善事を並べられるだけだろう。

 なら、俺はいらない。

「そういえばその話をしていたね」
「忘れるだなんて、歳何じゃ無いのか?」
「酷いなぁ。…………単刀直入に言おう、君の眼はもう機能する事はない」
「そうか。それだけわかれば問題無い」
「そ、それだけ?」
「完治するのに確かな可能性があるなら、周りがとっくにやってるだろう? 俺の家族はそんな奴らだ」

 確かな可能性があるならそれに縋るが、僅かな可能性に賭けるような真似はしない。
 大丈夫だと思えるモノにしか手を出さない両親だから、遥哉を受け入れてもらった時は凄く嬉しかったのを覚えている。

「………これも血筋かな」
「他、俺の事で話すことは?」
「視力以外、目立った外傷も体内の損傷も無いから、今の生活に慣れれば退院できるよ。包帯は、様子を見て取ろうか」
「わかった。もう、何も無いんならさ」
「お邪魔虫は退散するわよ、遥哉君と過ごしたいんでしょう」

 俺がやんわりアピールしていたモノを、看護師がストレートに発言してきた。
 わかっているなら、大至急行動してくれ。

「それじゃあ、何かあったらナースコール押してね」

 医者と看護師が退室した音を確認して、遥哉がいるであろう位置へ顔を向ける。
 気持ち良さそうに寝ている彼は、当分起きそうな気配が無い。



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