貴方の心には、今でも僕がいますか?



 事が起こったのは冬に入ってすぐ。
 真っ赤に染まる視界の中に横たわる君の姿。

 全部偶然だった。

 信号無視で横断道路に突っ込んできたトラック。その時、横断歩道を渡っていたおばあちゃん。それに気付いて駆け出していた君。

 全てが一瞬の偶然で、全てが一瞬の出来事だった。
 駆け寄ることも出来ず、人に囲まれていく君をただ眺めることしか出来なくて。

「うっ……わぁぁぁああああああ」

 ヒステリックに叫んでその場にしゃがみ込んだ僕を、そこにいた人達は驚いたように見ていた。





 次に、君を見たのは病院のベッドで横たわる姿だった。
 君がどんな経緯で運ばれたのかも、僕がどうしてここにいるのかも全く覚えてなくて、気付いたらここだった。

 色んなチューブが繋がれ、目を閉じて寝ている君は、車に跳ねられたとは思えないくらい綺麗な姿をしていた。

 医者曰く、
「目立った外傷も無く、当たり所が悪かったのでしょう」

 とのことだった。
 赤かった視界は、僕の瞳だけが映し出していたただの錯覚だったらしい。

 目覚める気配の無い君。

 当たり所が悪かったって……、そのまま死ぬとかないよね?
 目覚めたら、僕の事忘れてるとかないよね?

 硝子越しに、目を閉じている君を見るのは不安で、悲しくて、寂しくて、じっとしていられなかった。

 僕は、その場から逃げ出していた。

(嫌だ嫌だ! ………怖いよ)

 ここから君が居なくなることも、君から僕が居なくなることも。

 初めて、初めてあんなに人を好きになったんだ。

 同性とか、周りの目とか、何一つ気にしない君は凄く輝いていて、僕には眩しいくらいで。

 ちっぽけな僕にも湧き出て来た独占欲に応える勢いで一緒に居てくれた。

「君以外に考えられないんだよ」

 他の誰でも無く、たった一人、この世に一人しかいない《藤草伊紗祢‐ふじくさいさね‐》という人間以外には誰もかないっこないんだ。

 看護師に掛けられる声も周りの目もきにせず、上上へと駆け上がっていく。
 扉を開けたそこは誰ひとりとしていないい屋上。

「ずっと一緒だと信じてたのに」

 信じてるのに。

 頬に伝う液体。幾つも幾つも流れ出してきたそれは、暗雲から落ちてきたものか、僕の瞳から流れたものか。きっとどっちもなんだろうけど、僕には関係ない。

 ねぇ、胸が痛いよ。



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