逃げ道は必要だけれど。
 最大の逃げに値する単語は何になるのだろうか。


 賑わう教室。絶えない笑い声。
 窓際の最後列―――つまり僕の席はここの異空間として存在していた。

「話す話題が尽きないって凄すぎる」

 会話を切り出すなんて彼以外にそうそういない。
 それも、会話と言うには不可解なものばかりの内容を。

「お前みたいに、何もせずじっとするのも凄いけどな」
「仕方ないよ。することがないんだから」

 別に、話したいこともしたいこともこれといってない。
 唯一、僕に話しかけてくる変わり者の君に素っ気なく答えると、苦笑を浮かべられた。
 なんでだろ、イラって来た。

「で、何考えてたんだよ?」
「…………ほんと、ムカつく」

 何も切り出してないのに、君は分かってるような口振りで問い掛けてきた。
 そんなに、オープンに見えただろうか。

「大したことじゃないよ。ただ、最も強い逃げを示す言葉って何かと思って」
「また、変なことを」

 そう言いながらも、眉毛を寄せ考える素振りを見せる君は、本当に変わり者で優しいんだと思う。
 普通は、「何ソレー!」なんていいながら、逸らしていくものじゃない?

「そうだな。“諦める”のは極普通………に当たるんだろう?」
「まぁ、諦めただけで、断ち切ったわけじゃない。今回は……って付くことが多いし」

 可能性が断たれた訳じゃないんだから、まだいけるはずなんだ。

「他………、辞めるは違うしな、死ぬは動作になるし………」

 真剣に頭を悩ませる君。
 毎度のことながら偉いよね。
 他人のために考えるだなんて、今の僕には到底難しいよ。

 でも、そろそろくるかな。

「あれも違うし、これは進むだろ………だぁぁあああ、もうわからん! つか、んなことどうでもいいだろうが」

 ほらきた。
 人間が本当に逃げようとしたときに出る単語。
 その全てがどうでもいいと割りきったフリをするためのコトバ。

「そう、“ワカラナイ”んだよ」
「は?」

 あの日と同じように、間抜けな顔をする君。
 だから、僕は微笑みながら続けたんだ。

「“ワカラナイ”が、答えだと思うんだよ。広辞苑とか引けばもっと立派な答えがあるかもしれない。だけど、僕の答えは“ワカラナイ”」

「………つまり、“ワカラナイ”ことにすることでそこから逃げていくと」

「そういうことかな。さっきもそうだったでしょう?」
「まぁな」


 別に逃げ道が何であろうと、それで自分が守れるならいいのだろうけど。
 ふと思った疑問に、ああまたかな、なんて思いながら。

「そろそろ、次の授業が始まるよ? 宿題写さなくて大丈夫だった?」
「しまった・・・!」

 本来君が来た目的を告げると、慌てた素振りを見せる君。
 でも、写す時間はもう無くて、

「先生からの逃げ道、楽しみに見てるから」

 そうからかうように笑ってあげた。
 

 逃げるタイミングも、進むタイミングも自分次第。
 僕は、いつになったら動き始めるんだろうか。








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 都合のいいように解釈することも一つの逃げになって。
 “ワカラナイ”を通すのも、現実から逃げてることに代わりが無いような気がして。

 “僕”は、いつになったら、歩み始めるのだろうか。



2010.06.14.執筆




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