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 詐欺師という異名を持つ同級生かつ部活仲間のそれは、コート上のものであるはずなのに、彼は日常生活でも十分すぎるほどその詐欺師ぶりを発揮していた。ダブルスペアの柳生と入れ代わることなんてしょっちゅうあることで、彼らの入れ代わりに騙されたことなんて男子テニス部マネージャーであるユキは数えきれないほど経験している。後から馬鹿じゃのうと悪戯に成功したように笑う仁王と、眉を下げて申し訳無さそうに謝る柳生をたくさん見てきた。
 自分に厳しい柳生が試合中だけでなく、授業中も仁王と代わっていることがユキは昔から不思議だった。ある時思い切って柳生にそことなく聞いてみると、それも試合へむけての練習のひとつだからですと彼は返した。その答えに、確かに二人の入れ代わりを易々と敵に見破られているようでは武器にはならないよね、とユキは納得した。日々練習という言葉を思い出しながら。
 ユキが柳生と仁王の入れ代わりに気づくことができるようになったのは、ごく最近のことだ。一年の頃からこの男子テニス部でマネージャー業を務めてきたが、その頃からほぼ完璧だった仁王のペテンを見分けるなんて、当初は至極難解なことだった。不可能といってもいい。けれど長い時間彼を見ていることで、ユキは仁王雅治という人物が別の人物に化ける違和感を、肌で感じることができるようになったのである。対象人物の顔はもちろん、癖や動作や口癖や声までも完全に模倣してしまう仁王だが、ユキは彼自身が元々持っている雰囲気と勘を材料に見分けるのだ。そしてペテンを仕掛けている時の仁王ではない仁王はぞわりと肌が疼く。鳥肌にも似た感覚でユキは目の前の人物が仁王雅治だと気づくことができた。

「そういう風に見分けることができんのは、お前さんくらいじゃ」

 ユキが彼女なりのペテンの見分け方を仁王に話すと、彼は困ったように苦笑を漏らした。
 ――感覚はさすがにごまかせん。
 大阪の四天宝寺という学校にも物まねの上手いプレーヤーがいると聞いたことがある。彼も仁王のように他人の声色を真似ることができるけれど、とある戦いでは味覚まで真似ることはできなかったらしい。
 その話を聞いた時、味覚を真似る戦いなんてテニスの試合であるのかとユキは疑問に思ったが、彼女は知らない。戦いといっても勝負方法がテニスではなく、焼肉だったということを。
 感覚というものは味覚のように人のもつ先天的な機能なのだから、ごまかしようがないのだ。しかし人の脳はとても単純で、視界を閉ざさせ、今から熱した鉄を肌に押し付けると告げ、そこらに転がっていた木の枝を触れさせれば、人は本当に鉄をあてられたと錯覚し、肌は火傷するのだという。こう聞くと簡単に感覚を騙すことができると思っ
てしまうが、これは視界を奪ったから成せた業である。
 ――ユキは仁王の本質を見分けることができるのかもしれないね。
 こう云ったのは幸村精市だ。ユキは、ううん、と唸った。
 ――仁王の、本質?
 ――だってユキの肌は仁王かそうでないかわかってしまうんだろう?そんなこと俺でもできないよ。
 ――でも幸村くんも仁王のペテンすぐに見破るじゃない。きっと同じことよ。
 ――俺のはちょっと違うんだよ。俺は部長だからね。部員のことくらいわかるさ。
 正直、自分と幸村のどこが違うのだろうとユキは思ったが、幸村は神の子だから次元が違うのだろうと片付けた。

「のう、いつから俺を見分けることができるようになったんじゃ」
「わからない」

 それは予期せぬ不意に起こった出来事だった。いわば、慣れ。

「昔はよく騙しても気づかなかったけんのう」
「昔はね。全然わからなかった。でも、見てきたから。ずっと仁王を見てきたから」

 だから気がついたらこうなってたの。そう続いたユキの言葉に、仁王は口端をにやりと持ち上げた。
 ――お前さんだけはいつまでたっても騙せんのう。





(090831)


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