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私はなにかを忘れている。
なにかがなにかもわからないけれど、パズルのピースが欠けてしまったように、私のどこかにぽっかりとした穴がある。
穴に気づいたのは、苹果ちゃんと私の家でカレーを食べている時だった。
いつ買ったかも覚えていない眼帯に乱暴な縫い目のくまのぬいぐるみの腹から出てきた一枚の紙。

『大スキだよ!!  お兄ちゃんより』

見つけてからずっと捨てられないくしゃくしゃによれた紙に書かれた言葉。急いで書いたのか走り書きの文字。私にはいないはずのお兄ちゃんという文字。
でも私はその紙を見て、初めて見たはずなのに、不思議と懐かしい気持ちになった。だから捨てられなくて、紙はずっと大事にとってある。

「お兄ちゃんって、陽毬ちゃんひとりっ子だよね?」
「うん。苹果ちゃんと一緒だよ。おじさんとおばさんに子どもはいないはずなんだけどなあ」

子宝に恵まれなくて、両親がいなくて身寄りのなかった私を自分の子どものように育ててくれているおじさんとおばさん。
おじさんとおばさんは優しい。優しいけれど、その優しさはたまに違うと思ってしまうのだ。
水族館で撮った3人の写真。
3つ並ぶ歯ブラシとコップ。
歳にあわせて身長分刻まれた家の柱。
ふいに感じる違和感。
でも記憶の私の隣にはおじさんとおばさんしかいない。アルバムにある写真だっておじさんとおばさんと私しか写っていないのに。

「でもね、なんだかあったかいの。この文字を見てると胸の奥がすごけあったかくなるの」

もしかしたらそれは私に宛てられた言葉ではないかもしれない。ただ間違えてぬいぐるみの腹に入れられたものかもしれない。
でもこの紙を見るたびに、涙がこぼれてしまうの。遠いどこかでもう二度とあえない恋人を思い出すような哀しさと慈しみと溢れんばかりのひだまりみたいな愛しさが私の胸をしめる。
そして思うの。
私はなにかを忘れている、と。
なにかはきっと私から欠けたピース。

ねえ、私はなにを忘れているの?



(2012.02.07)


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