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「生存戦略ーーッ!」

それは夜になっても兄貴が帰ってこないので、陽毬と僕とふたりで料理が並んだちゃぶ台を囲んでいた時のことだった。
食事も会話も進む中、急に陽毬が叫んだ一言により、目の前は白い突風によって遮られた。飛ばされてしまいそうになる強風に条件反射で目を閉じる。
周りが宇宙のような暗闇から煌めく色に変わる頃、手首に固く冷たい手錠が巻きつくのを感じた。ああ、これはきっと。何度か体験しても未だ慣れない感覚は、その後僕を待っている異空間を簡単に想像させてしまうようになっている。いつしかこれも慣れてしまうのだろうか。それは少し嫌だ。
突風が消え去った後、閉じていた目を開ければ、そこにはやはり陽毬の姿がある。陽毬であって陽毬ではないのだが。

「きっと何者にもなれないお前に告げる!ピングドラムを手に入れるのだ!」

陽毬の姿でペンギンドレスに身を包むプリンセス・オブ・ザ・クリスタルは妹と同じ声だけど、絶対に陽毬はしない高圧的な物言いで、僕を遥か上から見下ろしている。赤い瞳は宝石のようだ。

「ひ、陽毬!だからピングドラムってなんなんだよ!」
「なんだ、今日は弟だけなのか」

僕の叫びを右から左へ聞き流すプリンセス・オブ・ザ・クリスタルは、ふんと鼻を鳴らした。
彼女は漆黒のペンギンドレスを翻し、カツンカツンとヒールの音を響かせながら、長い階段を下り始める。一歩踏みだす度にはためく白いレースは意思を持って踊っているようだ。一連の動作はまるでお芝居の女優さんのように優雅だと、場にそぐわないけれど思ってしまった。

「ふうむ、妾もお前達が遅いから暇を持て余しておる。どれ、下等生物。妾の退屈凌ぎにつきあわせてやろう」

プリンセス・オブ・ザ・クリスタルが一歩一歩近づくにつれて、花や石鹸のような不思議な良い香りが濃くなる。赤いふたつの宝石が僕の瞳を射抜く様に捉えて離さない。もう捕らわれているのだ、きっと。
演説のように身ぶり手ぶりも大袈裟に話しながら階段を下りきり、正面まで来たプリンセス・オブ・ザ・クリスタルは指をすっと流れる動作で伸ばし、僕の頬を持ち上げるように触れた。冷たい指先だった。

「小僧、お前は童貞だろう。肉体関係を持ったことのない可哀想な下等生物よ」
「そんなこと言わないで陽毬!」

中身が毒舌女王だとしても、僕にとってこのペンギンプリンセスは陽毬に変わりない。事実だ。しかし妹の口からあられもない卑猥な単語を聞きたくなかった。耳を塞ごうとしても、両手はしっかりと手錠に繋がれてしまっている。鎖はないものの、手首が擦れて痛みを訴えた。
次の瞬間、はん、とすかしたように笑ったプリンセス・オブ・ザ・クリスタルは僕の腹に固いブーツの先で蹴りをいれた。身構えていなかったので当然僕は床に無様に倒れ、蹴られたところから咽せる咳が押し上げてくる。

「ひ、陽毬?!なにするの」
「妾はお前の妹ではない。そして蹴った。それだけだ」

そのままプリンセス・オブ・ザ・クリスタルは床に横向けに倒れている僕を、またブーツの先で仰向けにし、その下腹部に馬乗りになった。重くはないものの勢いをつけて座られたので、ぐえと情けない声がでてしまう。そしてまた咽せるたびに腹筋が痛んだ。

「下等生物は体力も下等なのだな。この程度のことに咳込むとは…」

シャツの隙間から手が這う。それは僕の手ではない。僕以外にこの場にいるのは、そう、彼女しかいない。

「え、は?!陽毬どこ触ってるの!」
「乳頭だ。一々ガキのように煩くするな」

薄っぺらい胸板をひとさし指で真っ直ぐになぞられ、へそに到着する。へそを中心にして円をかけば、くすぐったさに身をよじった。脇をくすぐられるのとはまた違うくすぐったさで、じんわりとその更に奥が熱を持ちはじめる。
プリンセス・オブ・ザ・クリスタルは馬乗りに跨っていた僕の腹から膝へ移動する。膝の関節が押さえつけられ身動は取れず痛い。
へそのさらに下、ベルトに手をかければ鈍感な僕でもさすがに顔を青くさせた。

「陽毬っ!もうやめよう!悪ふざけがすぎる!」
「あん?寝言も大概にしろ。いくら童貞下僕野郎でもここまでくればわかるだろう」

ぶっくりと艶やかなくちびるをにいっと持ち上げ、プリンセス・オブ・ザ・クリスタルはズボンを押さえていたベルトを一気に引き剥がした。ああ!と悲観にくれた声があがる。

「今まで自分の手にしか触れられたことはなかったのだろう?喜べ、妾に触られることをな!」

乱暴な言葉遣いに、やはりこのペンギンプリンセスは陽毬じゃないということを再認識させられる。陽毬がこうなってしまうのは、あのペンギンぼうしのせいなのだ。
身体を左右に捻じって抵抗してみせても、プリンセス・オブ・ザ・クリスタルはへでもないようで、全く動じない。
しかし彼女は立ち上がり、僕の上からのいた。我に返ったんだなと一安心入れようとしたが、ぎゅうっと力が下半身にかけられる。
それは陽毬の黒光りするブーツが僕の下半身を踏みつけていたのだ。全力を込めてはいないようで痛みは感じないが、そこに足をおくことがあまりよろしくない。しかもぐりぐりと弄るように順々に力を込められている。

「ちょ、な…!だめ、足をどけてっ」

触れられて、押されて、弄られて。17歳の健全男子として、それがたとえ妹の姿形をしている別人だとしても、自身は反応してしまう。その事実に動揺が隠しきれない。

「わかるか?下僕、どうだ妹の姿の妾に性行為されるのは。興奮しているのか?そうだろうな。見てみろ、たちあがっているぞ」

絶妙な力加減は止まることを知らず、それどころかその横のふたつの袋にまで刺激を与えてくる。
服が乱れている僕と乱れていない彼女。決定権はすべてプリンセス・オブ・ザ・クリスタルにあり、僕は彼女のおもちゃのようにされるがままだ。
からだが熱い。あたまも何も考えられなくなってくる。どくどくと脈打つ血管の音ばかり響いている。
僕は兄失格だ。こんなこと兄妹でしていいわけがない。倫理的にも道徳的にもこんなこと、してはいけないんだ。

「ひまりっ、もうやめて!っ、お願いだか、ら」
「言っただろう。妾の退屈凌ぎにつきあわせてやろう、と。お前に拒否権はないんだよ」

ブーツのつま先の固いところで、ぐいっとひっかくようにされる。すると引き金のように僕の身体は実が弾けたように軽くなり、目頭が熱くなった。
そして暗転。





「ゃん…しょ……ん…ょうちゃん、晶ちゃん!」
「…ひ、ま…り?!」

気づいたら目の前一杯に心配そうな陽毬の顔があり、僕はのけぞった。プリンセス・オブ・ザ・クリスタルかと思ったのだ。陽毬に隠れていた電気が明るく眩しく、思わず細目にのなってしまう。
しかし僕のことを晶ちゃんと呼ぶのは、陽毬本人だけだ。それに頭上にペンギンぼうしがない。今目の前にいるのはペンギンプリンセスではない、陽毬だ。
手首を見るとついていた手錠は跡一つなくなくなっていた。服も乱れてはいない。
起き上がってちゃぶ台の上をみれば、湯気のでている米をはじめとした夕食が並んでいる。

「晶ちゃん、急に倒れちゃうから心配したよ!大丈夫?具合が悪いの?」
「なんでもないよ、ごめんね。今日体育張り切りすぎたなもしれない」
「本当に?晶ちゃんは頑張りすぎちゃうんだから、もっと私に頼ってね!」
「ありがと、陽毬」

かわいいかわいい僕の妹、どうかもうペンギンプリンセスにはならないで。
あれは夢なのか現実なのかわからない。夢なら悪夢、現実なら考えるだけで恐ろしい。
きっと悪い夢を見たんだ。
そう自分に言い聞かせて陽毬と食事を再開させた。

しかし僕は気づかなかった。
ペンギンぼうしは神棚から僕を見下ろしていることに。





(11/08/19)


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