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朝の丸ノ内線は混雑している。新宿、四ッ谷、赤坂見附、霞ケ関、銀座、東京、そして池袋。都心を繋ぐ丸ノ内線は通勤ラッシュと通学ラッシュが重なると、ぎゅうぎゅうのおしくらまんじゅうかの如く、多くの人に溢れるのだ。まさに戦争である。狭い箱の中に我先にと自分の体を捻じり混まなければならない。しかしそんな戦争にもある程度すれば自然と慣れてしまう。
今日も晶馬は兄と共に、荻窪駅から丸ノ内線に乗り込んだ。鞄がどこかへ流されていかないように、両腕でしっかりと抱き込む。乗車と同時に押し流されずに扉付近の角端に陣取った晶馬は、今日はラッキーだと胸の中でガッツポーズをした。扉付近の角端は背中を扉に預けられるので、腕を伸ばして吊り革に捕まらなくてもいいからだ。冠葉は弟が扉付近にいるのを見つけると、器用に素早く前へ移動した。押してくる人の群れを背にし、なんとか楽な体勢をとる。一旦電車が動くと身動きがとれなくなるので、発車までに体勢を整えなければならないのだ。

「兄貴、大丈夫?」

晶馬が自分と車体にサンドイッチにされないように踏ん張っている冠葉は、大丈夫だと答えた。扉の閉まる音の後、ゆっくりと電車が動き出した。次第に速度があがっていき、電車の揺れにあわせて人も揺れる。最終は不規則だが、暫くすれば規則的になる。
振動に車内も慣れつつある頃、晶馬はもぞりと何かが動くのに気づいた。動いた場所は下半身の近くで誰かの手があたったのだろうと思った。
しかし自分の背中には壁、前には冠葉がいるから故意にあたることはない。
意図的にあてなければ。
これってもしかして、と晶馬の頭に三文字の単語が浮かぶと同時に、その手は晶馬の臀部の線に沿って撫で上げた。
今のは絶対にワザとだ。晶馬は確信していた。その間にも手は臀部をなぞり続けており、鞄を抱き込んだ腕に力が入ってしまう。兄に視線で助けを求めても、兄は気づかない。
無抵抗な晶馬の臀部を堪能した手はそのまま前へと移動し、制服のジッパーを下げた。ひっ、と晶馬の口から漏れた悲鳴に、ようやく冠葉が弟の異常に気づく。

「どうした晶馬?」
「な、なんか、したっ」
「下?」
「手が…!」

下がったジッパーの隙間から侵入してくる手が下着越しに触れた。息を呑む。
公共の場所で、得体の知れない他人に触れられる恐怖に晶馬は怯え、羞恥心から助けを求めることもできなかった。自然と冠葉に答える声もか細くなる。

「でも、晶馬は反応してるぜ?」

耳元で囁かれた冠葉の一言に、晶馬は自分の臀部に触れていた手が兄のものだということに気づいた。兄の顔を見ると、彼はいたずらっ子のように意地の悪そうな笑みを浮かべている。誰かに気づかれるかもしれない状況を楽しんでいるのだ。
だが薄い布一枚挟んだ先にある晶馬は確かに反応していた。晶馬が抱えている鞄と背の高い冠葉自身が壁となっているので、他の乗客に晶馬の姿は見えない。声も電車の振動に消されてしまう。
声が漏れないようにくちびるを噛む弟の姿がいじらしく、冠葉は布越しから握ってやった。冠葉が力を込めるたびに、噛む力が入り、くちびるは白くなっていく。薄桃色が陶器のような白さになっていく様子に思わず口を付けたくなるが、電車ということを思いだし舌打ちする。電車でなかったら確実に舌を這わせていただろう。もどかしいがこの状況の発端は自分なので、冠葉は諦めた。そのかわり晶馬を攻めることに集中する。

「兄貴っ…やだ…」
「やだ?」

下着の隙間から直に触れれば、晶馬の性器は完全に剃り立っていた。晶馬は立つことに必死だった。背に扉が無ければしゃがみこんでいただろう。
停車駅に到着しても開く扉は晶馬側ではなかったため、冠葉の手が離れることはない。
冠葉は握ったまま、亀頭に親指を押しつける。背筋に電流が走ったように晶馬は仰け反った。

「晶馬はここ、ぐりぐりされるの好きなんだろ」

ふぁ、と口から漏れた声は晶馬の快感を示していた。一度力が抜けてしまったくちびるからは喘ぐ声が紡がれる。
最初は冠葉もその声を楽しむが、声が電車の揺れる音で掻き消すことができないほどになると、晶馬の耳元でばれるぞと呟いた。
冠葉と晶馬の間にあるふたりの世界も、冠葉の背を越えれば通用しない。知り合いがいるかもしれないこの場で痴態を晒すわけにはいかない。
きゅっと口を閉じた晶馬に、よくできたな、と冠葉は亀頭を擦る力を強める。身体は火照り、頭の中にはもう何も考える余地はなかった。車内にいることも忘れてしまいそうになるくらい晶馬は限界に近づいていて、浅く吐かれる息に冠葉も気づいていた。
ポケットからハンカチを取りだし、晶馬の性器を包みこむように覆った。直に触れたいのだが、場所が場所なので仕方ない。亀頭にハンカチ越しに爪をたて、ひっかくように強く力をこめた。すると小さく痙攣した後、熱いなにかが晶馬の性器から弾け、じんわりとハンカチから熱が伝わってくる。晶馬は浅い息だったのに、荒くなり、肩があがっている。
ハンカチから零れないように丁寧に折り畳み、ズボンを元に戻してやると同時に晶馬の背にあった扉が開いた。そこはふたりの目的駅だったので、冠葉はふらふらと朧げな足取りの晶馬の手をひいて、人混みに紛れた。





「晶馬、大丈夫か?」
「……だ、大丈夫なわけないだろ馬鹿兄貴!電車の中とか、何考えてんだよ!」
「出来心が」

ようやく晶馬がひとりで歩けるようになった頃、車内での行為を思いだし、やり場のない怒りを冠葉にぶつけた。冠葉はさして反省している様子もなく、その態度に晶馬はさらに怒りが湧いてくる。

「今日晩ご飯おかず無しだからね!」

晶馬が考えた罰に、冠葉ははいはいと空返事をするだけだった。




(11.08.13)


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