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俺には妹がふたりいる。
一人目は3歳差の身体の弱い妹だ。絶対安静を言い渡されているため、自宅ではなく入院しており、そこで生活している。昔から病院にかかりつけだったからか物分りも良く、歳の割には大人びていると思う。
二人目は双子の妹。掃除洗濯料理が得意で高倉家の主婦だ。我が家で一番常識がある。
高校に入学したのと同時に、俺たち双子は初めて別の道を歩き始めた。幼稚園、小学校、中学校と同じ学校へ通っていたが、高校は男子校、女子校と別れた。
元々あまり派手にはさせてこなかった自分の女性関係は、この頃を境に派手になっていく。当然、晶馬は良い顔をしなかった。
幼い少女からゆっくりと女へ変わろうとしていく妹。
中学時代は気づかなかったけれど、別々の高校へ進むと些細な変化も気づくようになった。一日中一緒だった時間が、朝と夜だけになってしまったからだろうか。
汗と砂と土と埃の匂いしなしなかった子どもはコットンキャンディのような柔らかで甘い香りを自ら発するようになる。
あまいあまいおんなのかおり。

「今日も出かけるの?」

二人分の朝食が食卓に並ぶ。朝食というには時間は遅いけれど、畳貼りなこの部屋にブランチなんて洒落た名前は似合わない。

「ああ、野暮用がな。夜には戻る。晶馬は今日の予定は?」
「陽毬のお見舞い。着替えとかあるし」

陽毬のお見舞いにぴくりと冠葉の眉が動く。晶馬は魚の骨取りをしていて気づいていない。

「悪いな」

入院には着替えが必要だ。勿論着済みの服も洗濯しなければならない。陽毬の入院している病院にも一応ランドリーはあるが、一週間のうち二日以上は陽毬の元へ行こうと、兄妹は決めていた。なるべく二人で、だがそれぞれ都合もあるからひとりでも。
晶馬はおそらく気づいている。冠葉の言う野暮用の意味を。
中学の頃はそこそこ隠していたが、高校に入ると隠す必要がなくなった。晶馬がいないからだ。

兄妹で結婚してはいけない、と決めたのは誰なのか。家族愛は美しいものに見られ、その愛が近親相姦とみなされるとタブーのように扱われる。
妹を妹以上の視線で見るようになったのは小学校を卒業し、定められた制服に身を包み始めたあたりだった。
制服という狭い檻で個性を均一化された中、妹だけが違ってみえた。変に媚びを売ろうとする女生徒の中、晶馬はそれをしないせいもあるかもしれない。気持ちだけがあたためられていた卵が孵化していくように育っていた。
俺は女独特の取り入ろうとする態度が嫌いだ。今となっては利用するにはもってこいの道具となっているけれど。厚い化粧をし、人工的に作られた甘臭い香水を纏い、適当な言葉にへらへらと馬鹿みたいに笑う。うんざりだ。だから必要以上に触らない。
それに比べて、晶馬は化粧もしない。香水なんてつけない。家事のために爪も綺麗に整えられている。そういう女といて、無意識に晶馬と比較してしまうと、自分が晶馬を見る目が家族愛以上のものと気づかされる。
しかしそれを晶馬に言えるはずがなく、言ってしまえば困るのは晶馬だということくらいわかっていたので、気持ちがばれないように気を紛らわそうと気づけば女関係が派手になっていった。
たとえ、それをみる晶馬が辛そうな顔をしていても。





「冠葉くん、お待たせっ」

新宿駅東南口、時刻は2時。狭い改札の前には待ち合わせらしき人で溢れている。冠葉は改札から目につきやすい柱に背を預けて立っていた。電車が到着したようで、人気の少ない改札にタイムセールのようにはどっと人が溢れ返る。
少し背伸びをしたおしゃれを決め込んだ少女は、冠葉の姿を見つけると、グロスでてかてかとしたくちびるで彼の名前を呼んだ。ビビッドピンクのワンピースに身を包み、目元にはギラギラとしたラメが入ったアイシャドウ。どこからみても歳相応ではない。

「待ったあ?」
「いや、俺も今来たとこ」
「ほんとっ?久しぶりに冠葉くんとデートだから何着ていいかわかんなくて、すごい悩んでたら時間が、もー間にあってよかったよう」

ビビッドピンクのワンピースは派手すぎて目に痛い。短すぎるスカート丈は下品なだけだ。染められた髪の先は痛みが隠しきれていない。高すぎるヒールは歩きにくいだけだろう。
褒めて、かわいいって言って、とオーラがただ漏れで、冠葉はめんどくさいと思ってしまった。人選を間違えた。

「似合ってるよ。今日もかわいい」

なんて心にもないことを言ってみれば、顔を赤くしながら嬉しそうに笑う少女。
そういえば、名前は何だったか。
別に思いださなくても問題は無い。名前を呼ばなくても会話をする方法を冠葉は知っていたし、呼びたいとも思わなかったからだ。
話題の恋愛映画を見た。内容は特に無く、大人気漫画を若手俳優で映画化させ、華やかな演出ばかり手の込んだものだった。少女は満足したようだが、冠葉は邦画よりも洋画のほうが好みなので、これといった感想もない。話題性しか無い映画だった。「おなかすいたあ」と少女は空腹を訴えるので、食事をしようと適当に店へ入る。冠葉はイタリアンの店でボンゴレパスタを頼んだ。少女はグラタンを頼む。

「冠葉くんさあ、もう少しあたしと会う時間作れないの?」
「なんで?」
「だって、あたし達つきあっつるんでしょ。もっとデートしたり会いたいし。双子の妹ひとり残すのかわいそうだけど、冠葉くんは冠葉くんの幸せ掴もうよ」

幸せの定義を語りだした少女に、冠葉は女の言っている言葉がわからず、食事の手をとめて黙ってしまう。少女は肯定的に受け止めてくれたと思ったのか、まだ口をとめない。

「あたしは冠葉くんといるとすごく楽しいし、ドキドキするし、もっともっと冠葉くんのこと知りたい」
「悪いけど、俺はお前といても楽しくないし、つきあった覚えもない。勝手な要望を言われても困る」

馬鹿女でもわかるように皮肉めいた言葉ではなく、わかりやすい言葉で言ってやれば、さすがの頭でも理解できたのだろう。愕然とした表情で冠葉を見つめている。

「ちょ、ちょっとどうしたの冠葉くん?あたしなんかした?」
「別に。その似合ってない服も汚い化粧も臭い香水も飽きただけ」

右頬に衝撃が走った。叩かれたようだ。女のわりには力の入った左手で、じわじわと後から痛みが増してくる。きっと腫れてしまうだろう。これを見て、晶馬は呆れるだろうな。なんて考えてしまう。

「満足したか?」

叩いた後、放心する少女をおいて早々に切り上げて、丸ノ内線に乗り込んだ。会計だけは払ってやった。本当ならこの後ショッピングやらなにやら、少女の頭の中にしたたかな計算がされていたのだろう。そういう計算だけは得意なのだから、馬鹿な女は困る。
休日の夕方なので車内は混み合い、ざわついていた。これからどこかへ行く者もいれば、自分のように帰る者もいるのだろう。地下トンネルをもぐらのように走る電車。窓にうつる自分の顔は酷く情けない。
やはり、彼女の名前は思いだせなかった。





家に帰ると、扉には鍵がしめてあり、まだ晶馬が帰ってきていないようだ。音の無い家は普段よりも広く見える。
冠葉は下駄箱に靴を収納し、風呂を沸かしにいった。片付けも掃除も料理も晶馬に任せきりなので、これくらいはしてやってもいいはずだ。当番を決めたことはなかった。自主的にすべてやっていく晶馬は本当に主婦じみていると思う。

(冠葉くんは冠葉くんの幸せ掴もうよ)

俺の幸せとはなんだ。
先ほどの少女の一言が頭をよぎった。
陽毬がいる。
晶馬がいる。
この家で晶馬と過ごす。
それが一番の幸せだ。
それを幸せと呼んではいけないのか。
この家にいれば、兄として、世界で一番晶馬の近くにいることができる。
本当なら兄ではなく、ひとりの男としてみてもらいたい。名前で呼んでもらいたい。それを血の繋がりが分厚い壁となって邪魔をする。
晶馬が思っているほど、俺は器用ではない。晶馬に自分の気持ちを知られずに、彼女の隣に立つために。我慢できなくなって抑えきれなくならないように、どうでもいい女を捌け口にしているだけだ。使えるものは使う。
この気持ちを晶馬が知ったらどうなってしまうのだろう。困るのか、拒絶されるのか。受け入れてはくれないだろうか。あり得ないと頭で理解しているつもりでも期待はしてしまう。

玄関から扉が開く音がした。晶馬が帰ってきたのだろう。たしか今日はスーパーの特売日だと、昨夜意気込んでいたので、両手は塞がっているはずだ。
足音が近づいてくる。

「おかえり」




(11/08/04)


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