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私には兄がいる。
年のはなれた兄ではなく、数秒先に母の子宮からこの世界に産声をあげたというだけで、私の兄となった双子の片割れだ。一度聞いたら忘れないなかなか珍しい、冠葉という名前を持っている。
二卵性双生児のために顔は似ていない。外見で似ているところといえば、瞳の色くらいだろう。声も身長も男女の差が明確にわかり、髪色も違う。
高校までは同じ学校に通っていたため、なんとなく兄の行動がわかっていたけれど、高校に入学してからあまりわからなくなっている。
というのも、私は女子校、兄は男子校だからだ。家では顔をあわせるが、学校外の行動まで知れるはずもなく。はぐらかされることも少なくはない。否が応でも兄との距離を感じる。

「今日もでかけるの?」
「ああ、野暮用がな。夜には戻る。晶馬は今日の予定は?」
「陽毬のお見舞い。着替えとかあるし」
「悪いな」

私は知っている。
兄、いや、冠葉のいう野暮用は女関係だということを。おそらく冠葉は彼の同じ年齢層の中で経験が多い中に入るだろう。
一度だけ、街中で冠葉と彼女らしい女の子が歩いているのを見たことがある。明るい茶色に染められ、くるくると巻かれた髪。家事をする自分とは違って長く整えられて派手に彩られた爪。露出の高い服に足がつりそうな高いヒール。すべてが自分にないものをあの女の子は持って、冠葉の隣を歩いていた。
あの時、冠葉は手を繋ぐことを嫌がっていて、不思議と酷く安心していた。それだけは明確に覚えている。
これは小学校の頃からなんとなく気づいていたことなのだが、どうやら冠葉は家族以外の他人に必要以上に触れられることを嫌っているようだった。そんな兄が私や陽毬だけ撫でたりスキンシップをとる。私の唯一の強がりでもあった。





冠葉が出掛けるのを見送ってから、病院の面会時間にあわせて陽毬の元を訪れた。3歳はなれている私と冠葉の大事な大事な妹は、難病で入院している。
控えめに病室の扉を叩くと「はあい、どうぞ」と高い声が返ってきた。

「具合はどう?陽毬」
「晶ちゃん!すごく元気だよ。今日もご飯たくさん食べたし、絶好調!」

ベッドから上半身を起こして肩を回す陽毬は顔色も良く、本当に元気そうだった。陽毬の花のようなやわらかい笑みに、自然と晶馬にも笑顔が浮かぶ。
学校のこと、家のこと、むかしむかしの古い思い出話など忘れないように話す。

「ねえ晶ちゃん、なにか悩んでるの?」
「急にどうしたんだよ、陽毬」
「だって、晶ちゃん笑ってるけど、いつもより顔が硬いもん」

よく観察されている。同じ屋根の下に住んでいなくとも、陽毬には少し会話しただけでお見通しのようだ。
しかし、悩み事とは。学校の友好関係も円満、勉学も行き詰まってはいないし、家事だってどちらかといえば好きな部類だ。
ともなると、残る選択肢はひとつだけ。
これは悩み、というよりも、兄の中で自分と妹の立場が一番ではないから悔しいだけなのかもしれない。現に今も冠葉は誰か知らない女の子と同じ空間にいるのだろうから。晶馬にとって一番は冠葉と陽毬なだけに、兄の中のヒエラルキーを認めたくはないのだ。

「もしかして恋?」
「そ、そんなのないよ!うち女子校だからありえないって」

えぇー、と陽毬はつまらなさそうに頬を膨らませた。最近陽毬はこのような類の話が好きなようで、ドラマや小説などもラブストーリーものを好んでいる。

「でも晶ちゃん、お家で冠ちゃんとふたりっきりでしょう?ドキドキしたりしないの?」
「あのね陽毬、冠葉は兄妹なんだよ。漫画の読みすぎ」

法律上、兄妹は結婚することはできない。その掟を定めた時から兄妹間の行為は禁忌とされ、実らない不毛な愛を恐れ、人は自然と回避への道を歩む。
陽毬のことは愛している。身体が弱く病院生活が長いため、護らなければならないという使命感が昔からあった。
冠葉のことだって愛している。一番長い間傍にいたのは兄だし、なにより、半身なのだ。
初恋を経験したことのない晶馬は、恋がどのようなものかわからない。愛は慈しむもの、恋は惹かれあうもの。

「あのね、晶ちゃん。恋はね、」

愛は恋とは違う。

「晶ちゃんが気づかないと、たぶん誰も気づかないことなんだよ」





「おかえり」
「あれ、もう帰ってきたの?」

夜には戻ると言っていたのに、まだ外は西日がさしている。晶馬の手にはスーパーのタイムセールで手にいれた戦利品が中にぎゅうぎゅうに詰められているエコバックが握られていた。
すでに電気のついた家には冠葉の姿があり、その頬は少し赤い。朝にはそんな痕は無かったはずだ。

「ほっぺどうしたの?腫れてるけど」
「野暮用がな、聞き分け悪い奴だったんだよ」

おそらく今日の相手に叩かれでもしたのだろう。手形まではないものの、相当な力が込められていたようだ。
冠葉は会話も上手いし人の気持ちを察するのも上手いが、たまにずれている。ほんのたまに。それに気づく聡い人もいれば、気づかない間抜けな人もいる。きっと今日のお相手は聡かったのだろう。
ふと、晶馬は思った。
兄は恋をしていたのか。
それとも、見返りを求めていたのか。
後者ではないのは確かだ。プライドの高い兄が野暮用相手に見返りなど求めるわけがない。野暮用相手に心が惹かれるはずもないので前者もないだろう。
そしたら、なぜ?

愛は慈しむもの。
恋は惹かれあうもの。

兄の心を惹かせるものは、いったい、何なのだろう。




(11/08/01)


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