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(中学3年生の頃)

はじめてのキス、ファーストキス。
幼い頃のものは無しとして、物心ついてから意識をしたキスを晶馬は経験したことがなかった。
電車で観察してみると、化粧品で発色良くみせているがべとべとしていそうなものや、てかてかと下品なもの、薄桃色の健康そうでやわらかそうなくちびる、艶やかに飾られているもの、疲れているようでかさかさなものなど多種多様だ。ドラマのキスシーンを見ても、自分が実際にキスしている姿を想像できない。
なぜ、晶馬がファーストキスについて考えているのか。クラスメイトの一人が先日彼女とキスをした、という話から周りが盛り上がり、ファーストキスの経験にまで話が繋がったからだ。
晶馬は聞いていただけだが、年頃の中学生なら誰しもが持つ性への興味の一歩でもある。早熟な兄はきっとすでに経験しているのだろう。
双子だというのに兄はかっこいいと言われ、弟はかわいいと言われる。一卵性の双子だったならば、自分も冠葉のような顔つきになれるのだろうか。今はもうどうしようもできない願望だが。

「はじめてのキス、かあ」
「なんだ、晶馬。やっと興味でてきたのか?」
「兄貴と違って僕は健全なの」

居間のちゃぶ台に肘をついて、晶馬はつぶやく。ゴールデンタイムも終わりにさしかかっており、テレビの司会者も番組の締めへ向かっていた。
夕食の片付けも終わり、一息ついた晶馬は熱い緑茶をすすると、学校に行き主夫業がおわった後の身体に染み渡る。

「急にどうしたんだよ、そんなこと」

冠葉は冷えた麦茶の入ったグラスを持ち、晶馬の背後にあるソファーに座った。偉そうにふんぞりがえって座るのが冠葉らしい。

「今日そういう話になったんだよ」

ふうん、と冠葉は考えるように鼻先で返事をした。
晶馬よりもそれなりに経験のある冠葉はファーストキスなんて忘れてしまっている。歳上だったことくらいしか思いだせなかった。そんなことよりも冠葉は色恋事にあまり興味をもたなかった弟が興味を持ち始めたように感じ、それが彼の関心をひいた。

「したいのか?」
「したいって」
「だから、キス。したいのか?」

恋人が欲しいと思ったことはない。自分には最愛の妹がいるし、双子の片割れもいる。血で繋がった愛しい家族が晶馬の全てであった。両親がいない分、兄と妹に依存しているのかもしれない。
だから晶馬はファーストキスに騒ぐ同窓にあまり馴染めずもいた。己が恋人よりも家族を優先してしまうことは目に見えているのだ。
それに比べて、冠葉は器用だ。常に女の影が見える。

「べつに興味ないかも」
「なんで?」
「兄貴も陽毬もいるから、誰かとつきあうとか、あんまり興味がわかないって、ん?!」

冠葉は晶馬の顎を掴み、振り向かせ、くちびるをあわせた。触れるだけのキスに晶馬は何が起こったのか理解できず、石化したように固まってしまう。数秒後に触れた場所を頭で理解できるとあわあわと口を開くものの、言葉がでない。
テレビから流れてくる雑音も、壁を挟んだように聞こえてこなかった。頭の先から足の指先まで、身体中の意識のすべてが冠葉へと向いている。

「もらった」

ぺろりと冠葉は舌を舐める。
また顔を近づけて、晶馬の開いた口の中に舌を捻じ込んだ。晶馬の舌は緑茶の味が残るものの、甘く、蜜のような錯覚をおこす。
絡ませようとする冠葉の舌に驚き身を捻る晶馬だが、力強く晶馬を押さえる冠葉なら逃げることは不可能だった。
自らの舌とは違って四方八方に動く他人の生温かい舌に、晶馬は混乱する。歯茎にそってなぞったり、口内をつついたり、くちびるを吸われたり。晶馬は垂れ流れる唾液を幼児のように口周りに付着させ、冠葉にされるがままだ。
息が思うようにできない苦しさと相手が肉親ということに、涙がでてくる。至近距離にある同じ翠色をした瞳は獣のようで、喰われると本能が危険を察知する。
冠葉は晶馬を満足に楽しみ、もう一度くちびるを吸うと離した。放心している晶馬の頭を一撫でして告げる。

「セカンドも、ごちそうさま」

ファーストキス、セカンドキス。
キスは特別な相手とくちびるをあわせ、愛情や好意を示す表現方法のひとつ。
晶馬のファーストキスは見事双子の兄に華麗にさらわれていったのだった。




(11/07/31)


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