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 優しい世界を作るという契約を結び、手と手を取り合った双子の片割れは、最近また妻を娶った。名をマリアンヌといい、豊かな黒髪とすらりとした四肢に利発そうな顔が印象深く、後ろ盾はアッシュフォード家だという。聞けば閃光のマリアンヌという異名をも持っているらしい。
 彼女が他の皇妃と大きく違ったのは、彼女の持つ気さくさと気取らない性格だった。そこに持ち前の美も足され、家柄を除けばきっと完璧だろう。
 初めはこれで百人を超す膨大な弟の妻の人数がまた増えた、と思っただけだった。きっと他の皇妃達は、きらびやかな皇宮の水面下で皇室特有のえげつない陰謀を謀り謀っているのだろう。だがきっとそんなものにあの女が負けることはきっとないという核心が不思議とあった。
 そして一年後、二人の間に一子が生まれる。
 数多くいる皇妃達の中で一番に必要とされるのは、家柄や美貌や器量ではない。もちろんそれらも非常に重要だが、一番は子宝に恵まれていることだった。子がいるかいないかで、皇妃達の中のヒエラルキーはとても変わる。加えて彼女らを見る世間の目も。元々マリアンヌは庶民出なため、世間の目はあまり温かいものではなかった。けれどマリアンヌは皇室に入ってから比較的早くに子を産んだため、彼女を見る目は少しずつ厳しいものから柔らかいものに変わっていった。
 だが反対に皇妃内ではさらに命を狙われるようになる。自分一人だけならまだしも守る対象ができたため、さらに警戒は強くする他なかった。
「マリアンヌ?いないの?マリアンヌ」
 立派な薔薇園が広がっているアリエス宮には静寂が広がっていた。この美しさも静けさも弟が与えたのだろう、と思いながらV.V.が彼女の姿を探しながら闊歩していると、庭園の奥に彼女はいた。テラスのような小さな広場に置いてある椅子に座り紅茶を飲んでいる。
「あら、V.V.。あなたがここまで来るなんて珍しいわね」
 マリアンヌは近付いてくるV.V.に気づくと椅子から立ち上がった。下手な女神の石像なんかよりも美笑を作るのが上手いマリアンヌは、来訪者の姿に少しばかり驚いているようだった。なにしろV.V.はあまり公に姿を現さないため、皇宮関係者でもその存在を知る者は少ないからだ。そんな彼が白昼堂々訪れてきた。
「僕の甥っ子を見にね」
「あなたには甥も姪もたくさんいるでしょうに」
「シャルルの妻達の中だと君が一番安心できるんだよ。みんな嘘ばかりだ」
「有り難きお言葉、ありがとうございますわ」
 マリアンヌはわざとドレスの裾を軽く摘み、僅かに頭を下げ、畏まった。よくもまあ、これほどの美しさが備わったものだ。皇室に入るまで軍人として第一線で活躍していた彼女は、あれこれ手を尽くして洗練された美ではなかった。ナイトメアフレームによるマメが手にはある。けれど自分で茶すら淹れることのできない手よりは美しいとV.V.は思った。少し日焼けしている肌からは健康さが伺える。何一つ無駄のない動きには俊敏さが隠れ潜む。自分の力で何もできない者より己の力で何事も進める者のほうが、よほど美しく見えた。V.V.は彼女の隣にあるベビーベッドの奥ですやすやと眠っている甥を覗き込んだ。
「ようやく寝たから起こさないで頂戴ね」
「シャルルからルルーシュはあまり泣かないと聞いたよ。聞き分けの良い子だと」
「良い子、ねぇ。泣かないから怖いのよ。だって子供は泣くことで自分の危険を知らせるでしょう?」
「僕は泣く子は嫌いだけど。煩わしいからね」
「それは我が子だもの。ちょっと煩わしく思っても愛情があれば許せるものなのよ」
「ふぅん。そう……それが母親ってやつ?」
「そうなのかしらね」
 V.V.が初めてこの甥を見た時に、全てが小さいとだけ思った。身も手も指も爪も足も口も鼻も今は閉じられている両目もすべて小さい。力を込めて握れば、きっと骨を折ることだって容易なことだろう。そう思ってしまうと、生命なんて脆いものにしか見えなくなる。自分が不老と不死を手に入れているからかもしれないが。
 母親なんて知らなかった。まだ自分も弟も幼い頃に父の数あった皇妃の一味によって暗殺されたのは数十年昔のことだ。優しく頭を撫でられたのも、ゆっくり話をしたことも、一緒に食事をしたことも、抱きしめられたこともほとんど無いに等しかった。
 だからマリアンヌのシャルルを見つめる時とは違う愛しさを含んだ視線、もとい母性というものはよくわからない。弟は、子を持ったことで目には見えない愛情を知ったようだが、自分はわからず終いだ。母性を与えられたことも愛情を捧げたことが今までないので、どこか一人置いていかれた気分になった。寂しいと思うのは欲しているからだろうか。けれど自分は、甘えも弱さも求めてはいけない。それは時として、道を阻む大きな岩ともなりうる。
「そういえばC.C.は?どこにも見当たらないからマリアンヌのところにいると思ってきたんだ」
 煩悩を振り払うように、本来の目的を口にすると、「さあ…私も朝から見てないわ」とハの字に眉をさげたマリアンヌが答えた。嚮団にも姿は見当たらず、きっとここにいると思ってやって来たのに、V.V.はここにもC.C.の姿を見つけることができなかった。ちっ、舌打ちをする。探し物が見つからないといらいらするのは子供の頃からだった。
「急ぎの用事でもあるのかしら?」
「ううん。でもすることがなくて退屈だったんだ」
 弟は皇帝の仕事がなにかと忙しいし、嚮団のほうだって今の嚮主はC.C.なのだからとりたてすることもない。ふあぁ、と欠伸がでてくる。
「…ねぇ、髪をとかしてよ、マリアンヌ」
「あら、急にどうしたの?」
「こないだシャルルが君にそうしてもらってる所を見てね」
「ふふ、出場亀されてたのね。じゃあここに座って待っていてくれるかしら。櫛をとってくるわ」
 宮奥の自室へマリアンヌが向かうと、その場にはV.V.とルルーシュだけが残された。庭園を見るのにも飽きると、手持ち無沙汰なのでまたベビーベッドを覗き込んでみる。幼児特有の白く弾力性に富んでいそうな頬に、そうっと指先で触れてみる。すべすべしていた。突くと、すべすべな肌がぽよぽよと揺れる。だんだんその感触がおもしろくなっていき、何度も何度も突いていると、起こしてしまったのかルルーシュはぐずりだした。あ、と思った次の瞬間、泣き声が辺りに響く。
「泣けるじゃないか」
 ベビーベッドの中のルルーシュは、ただ泣き続けた。耳をつん裂くような泣き声は聞くに堪えない。
「泣けるじゃないか、じゃないわよ。ルルーシュが起きちゃったじゃない」
「だっておもしろいんだもの」
 いつの間にか戻ってきたマリアンヌは、手に持っていた櫛をテーブルに起き、ルルーシュを抱き上げた。よしよしと揺すってやると、次第に泣き声は笑い声に変わってゆく。
「この間ね。あの人、ルルーシュにべろべろばーってしてあげたの。そしたら見事大泣きで。貴方達兄弟って、赤ん坊を泣かす才能でもあるんじゃないかしら」
「シャルルと僕に?まさか」
「現にルルーシュ泣いているじゃない」
「じゃあ僕にルルーシュを抱かせてみてよ」
「いいわよ。はい、抱き方はわかるかしら。もう首が据わってるからしっかり抱いてあげて。不安定だと泣いてしまうわ」
 マリアンヌの手から渡されたルルーシュは、思っていたよりも重かった。どうも初めての体験に恐々しい手つきになってしまう。赤ん坊を抱くのは初めてなのだから仕方ない。そんなV.V.の心情を細やかに察したのか、ついさっきまでマリアンヌの腕の中で落ち着いていたルルーシュの顔が歪み顔に変わり、その数秒後に泣き出した。思わずV.V.は苦虫を潰したように顔を歪めてしまう。
「ほら、泣いちゃったわ」
 ね、とおもしろそうにマリアンヌは微笑む。彼女はルルーシュが泣いてることはあまり気にしてないらしい。
「赤ん坊は嫌いだよ。言葉が通じないなんてさ」
 マリアンヌの腕の中に戻ったルルーシュは、ものの数秒で泣き止んでいた。母親とわかっての安心感なのだろうか。さっきまで泣いているとは思えない、安らかな顔をしている。時折マリアンヌが腕を揺らすと、きゃっきゃっと高い声をあげる。皇族特有の高貴な紫を色濃く引き継いだ瞳に、光があたってきらきらと輝く。おもしろくないね、と小さく呟いた。
「言葉が通じない分、赤ちゃんは心で感じるの。それは大人なんかよりとてもとても繊細なのよ」
 やっぱりおもしろくないね。そんなV.V.の呟きに、マリアンヌは淡いピンクの唇で弧を描いた。





(081129)


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