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 しとしとと小さな音をたてながら雨が降っている。曇天の空は冷え込む寒さに機嫌を損ねているように、鬱憤とどんよりしていた。並んでいるポインセチアの花を店先から店内へと入れ終えたスザクは、重労働に一段落したと一息ついた。雨を含んだ植木鉢に入ったポインセチア達は結構な重さだったのだ。
 雨の日だからか、街は怖いほど雨の音しか響いておらず、誰もいないのではないかと思ってしまうほどに人気がなかった。その不気味に気を紛らわせるかのように、痛んでいる花はないかとスザクは手を動かした。
「スザク」
 聞き覚えのある声が不意に自分を呼んだので、スザクは手をとめてそちらを見た。声は店先からしており、そこに立っているのは青い傘を差したルルーシュだった。左手に傘と鞄、右手にはもはやトレードマークともいえてしまう白い杖。閉じられた目の口元からは開く度に白い息が舞い上がる。
「ルルーシュ!どうしたの?こんな寒いのに」
 店の奥とは違って、肌寒さにぶるりと身体が震えた。雨のせいで、よりいっそう冷え込んできている。雪でも降ってきそうなほどに。
「図書館に行ってたんだ」
 こんな寒い日でも図書館に行くなんてルルーシュらしいな、とスザクは思った。読書家な彼のことだ。きっと左手の鞄の中には、点字の本が何冊か入っているのだろう。
「寒いでしょ?ココアくらいならあるから」
 そういってスザクはルルーシュの手をとって、店内に引き入れた。触れた手は随分と冷えていた。
(どれくらい外に居たんだろう)
 スザクはルルーシュを店から繋がっている自宅へと連れ、ソファーに座らせた。急いでお湯を沸かす。ココアの甘い香りが広がるのは数分後のことだった。



「そういえばこの間、君の家の近くに行く機会があってね」
 ココアを飲みながらスザクは云った。ルルーシュは猫舌なのか、まだ口をつけずに手でそっとカップを持っていた。雪のように白かった手の肌は、ココアの熱のせいか、少し桃色を含んできている。
「花の配達に行ったんだ」
「つまらない所だったろう?」
 薄い笑みを浮かべてルルーシュは告げた。つまらない、なんて云ったばかりだけれど、そんなこと微塵も思っていなかったが。それは社交辞令という四文字で片付ける。もう何年も暮らしているこの街がルルーシュは好きだったし、スザクもとても気に入っている。
「ううん。どこの家もデザインが綺麗でね、童話みたいな外観が多くて。歩いてて楽しかった。色も綺麗だし」
 そう云ってからスザクは、はっと自分が云った言葉の浅はかさに気づいた。視力を欠いているルルーシュは、変わりゆく街の色も風景もけして見ることも、見えることもないのに。自分は何を軽はずみに云ってしまったのか、と。しまったと思った時には、口から出て行ってしまった後だったので、もう遅かった。ルルーシュをそっと見た。
「そうか、それはよかった」
 にっこりと微笑んだルルーシュは、悲しんでいる様子も怒っている様子も無く、ようやくココアに口をつけたばかりだった。その顔に翳り一つ見えなかったので、スザクは何故か安堵した。
 またルルーシュが口を開いた。
「雨は好きか?」
「好きだけど、嫌いだな」
「矛盾してるぞ」
 スザクの肯定と否定との両方の意見をいれた答えに、ルルーシュは首を傾げた。
「晴れてる日のほうが気分が良くならない?水溜りで遊ぶのも好きだったけど」
 もっと幼い頃は外で遊べない雨の日が嫌いだった。すこし成長してからは、雨の日に長靴とレインコートだけを着て、走り回った気がする。わざと水溜りの上を水しぶきがあがるように踏んだり、蹴ったり、飛び跳ねた。母親の注意も聞かずに。後でびしょ濡れに!と怒られるのはわかっていたけれど、それがやけに楽しかったのだ。その頃には雨の日が好きになっていた。また少し大人に近づくとそうもいかなくなり、そして、退屈の中に趣きを知った。
「子供だな」
 呆れたようにルルーシュが云った。きっとルルーシュはスザクとは逆に、雨の日は大人しかったのだろう。スザクは、ルルーシュが自分のようにはしゃいでる様子はあまり思いつかなかった。
「ぴちゃぴちゃ跳ねるのが好きだったんだよ。ルルーシュは嫌い?」
「雨は滑るからな。あまり好きじゃない」
「大人すぎるよ」
 ルルーシュの夢のない、大人びた答えがおかしくて、今度はスザクが笑った。わからなくもないが。今でもうっかりマンホールの上で気を抜くと滑って転んでしまう。滑りやすい雨の日の外の世界は、視力のないルルーシュにはあまり優しくないだろう。危険が多すぎる。
「じゃあ雨の日は僕が一緒にいてあげる。そうすれば滑らないでしょ?」
「それはいい考えな。でも迷惑だろう?」
「全然。ルルーシュとでかけれるなら、寧ろ嬉しいよ」
 ふふ、と小さくルルーシュは笑った。その顔を見る限り、冗談として受け取られていたようで、本当なのになあ、とスザクは心の中で呟いた。こういう時に、ルルーシュは自分よりも上手だなあ、と思わされてしまう。いつか冗談じゃなくて、本気の言葉だととってもらえる日は来るのだろうか。
「そうだ」
 思い出したようにルルーシュが口を開いた。 くるくるとココアをかき回すので、カップの中が円を渦巻く。カチャカチャとスプーンとカップがぶつかる小さな金属音が鳴っていた。
「配達といっていたが・・・配達もするのか?」
「一応ね、たまに家まで運んでほしいって人もいるんだ」
 大きな花束だったり、花瓶に活けてほしい、という場合にはスザクが直に赴くのも仕事の内だった。ルルーシュは、へぇ、と一言だけこぼすと考え込んで、 「今度俺もしてもらおうかな」と聞いた。
「ルルーシュの家に?」
「ああ。嫌だったらいいんだ」
 嫌じゃないよ!と思わず声高に、叫ぶように答えてしまった。嫌なわけないじゃないか、と続けそうになった声は必死に心の中だけに留めておいた。思った以上に声は大きく響いてしまって、恥ずかしくもなる。そんなスザクを本当に見えてるかのように、ルルーシュは面白そうに笑って「じゃあ今度、頼むな」と云った。





(090109)


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