あああどうしよう間違えた。ミスだ。なんて初歩的なミスなんだ。サラっと簡単に間違えてしまったが、きっとバレたら、相手が相手なので、そりゃあもうしつこいくらいグチャグチャのめちゃめちゃにされてしまう。いかん、それはいかん。
「なまえ、出来た〜?」
ガチャリとノックも無しに入ってきやがった自称王子――ベル。いつもみたいにニコニコなのかニヤニヤなのかわからない笑みを浮かべて、軽い足取りで近付いてきた。うわっ、ちょ、今はこっちくんな!
『もう少しかな〜…。あ、今から名前彫るんだけど、集中したいから…ちょっと席外してもらってもいい…?』
「来たばっかじゃん。」
『ごめんね〜っ…。』
あははと笑う私を見て、ベルはま、いっかと言って頭の後ろで手を組んだ。
「じゃー終わったら呼べよー。」
『はぁーい。』
………ふぅ。なんとかなった。しかしこれはマズイ。ベルから預かったリングに、"王子"という名前を彫ってほしいと頼まれた。だが今私の目に写るのが、これがまた見事な"玉"の文字。あぁ非常にマズイ。日本人の癖だから仕方がないのだけれども、言い訳も言ってられない。これはバレたらサボテンだ。いやサボテン以上に刺される。そして海とかに捨てられそうだ。
あぁどうしたらいいんだ!誤魔化すことの出来ない見事な"玉"だ。この点の部分に何か詰めようか…。この彫ったカスを詰めればなんとかなるかな…。いやいや、取れたときが怖い。言い逃れが出来ない。なんでこう日本語ってのはややこしいんだ!似たような文字ばっかり使いやがって!アルファベットを見習やがれ!ゼロとオーは似てるけど!
『どうしよー……。』
「なぁなまえー。」
『ぎゃああああ!!』
ノックしろ馬鹿がぁー!しかも集中してるって言ったじゃん!わざと!?わざとなの!?
私が怒ると彼の口癖が返ってきた。くそ…それ言えば許されると思いやがって…!
『…で、なに?』
「やっぱさー、名前入れなくていいや。返して。」
な、なんですと。名前入れなくていいって…?そもそもこれは名前じゃない……というか、気まぐれ過ぎる。ていうかちょっと待て、今返しちゃマズイ。ものすごくマズイ。
『だ、だめだよ。もう王の字入れちゃったもん。』
「それでもいーよ。返して。」
このマイペース我が儘王子めぇぇっ!!人の気も知らないでっ……実際知らないんだけど。
どうしようどうしよう。でもここは素直に謝らないと、後々が怖いし…。なかなか返そうとしない私を見て、ベルが口をヘの字に曲げた。
「なに、返せないの?」
『あー…えっと、そのー…。』
冷や汗ダラダラであははと笑う私を見て、ベルはニヤーッと笑った。あ、そろそろヤバい。ダメだ、やっぱり素直に謝るしかない…!
『ご、ごめん!』
「あん?」
『おうじって…王子って彫ろうとしたんだけど…つい、玉って彫っちゃって…!ほ、本当にごめん…なさい…。』
「ん、知ってた。」
『このリング弁償するから、だから、サボテンだけは………え?』
あれ、今この人何て言いました?知ってた?知ってたって言いましたか。なんかすっごい笑顔でこっち見てくるんですけど。
「最初に部屋来たときにチラッと見えたんだよねー。」
『な!』
「あーこいつ殺してやろうって思ったけど、慌てて必死になってるなまえが面白くってさ、つい。」
そう言って彼独特の笑い方で笑うベル。私はというと、拍子抜けというかなんというか、全身から力が抜けてその場にペタンと座り込むだけだった。
「なに、そんなに王子が怖かった?」
『……うん。ちから抜けた。立てない…。』
「ビビってるなまえかっわいー。」
ものすごく棒読みでベルに言われた。くっそ…力が入れば今すぐにでも殴り掛かってやるのに…!悪戯っぽくニヤニヤ笑うベルは、さっき渡したリングをクルクルと手の中で弄りながら、私の目線までしゃがんだ。
「補足だけど、王子は可愛いって言った奴には優しいんだぜ。」
ちゅ。
とても軽い、触れるだけのキスをされた。そして立ち上がりまた笑う。ああもう悔しいなぁ。こんな時にこんなことするなんて。私がキスされた頬に自分の手を当てる頃、扉の向こうからベルの手だけが見えた。
その指に光るもの
後で私も言い返してやるんだから!
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リハビリ第一弾(^O^)
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