ベルはとりあえず抱きしめてみることにした。何か変化があるかもしれないという小さな願いと、自分への気休めだとわかっていてだ。それでも彼女――なまえはベルの期待には応えてくれなかった。ただ涙を流し続け、カーテンで締め切られた部屋でうずくまる。それが今日で二日目。飲まず食わずのなまえは、少しやつれているようにも見える。
「なぁ、飯だけでも食べよーぜ。」
『あの子はもう食べられないもの。』
あの子。先日の任務で、なまえの目の前で死んだ、なまえに一番懐いていた部下。ベルはまたかと心の中で溜息をついた。
「死んだら腹減らねーの。わかる?」
『あの子は走り回ることも出来ない。』
「広い草原で走り回ってっかもよ?」
『天国なんて、無いもの。』
そしてまた、なまえは涙を流す。シーツはグシャグシャに濡れ、とてもいい感触とは言えない。それでもベルはその場から動かなかった。彼女をここから救い出せるなら、この感触にだって耐えられる。もう王子というプライドなんて無かった。ただ一人の男として、ベルフェゴールとしてなまえを救い出したかった。
「ルッスーリアがさ、なまえのためにケーキ焼いてんだよ。」
『……。』
「クッキーやパイだって作ってる。」
『……。』
「お前が食べなきゃ、この屋敷が甘ったるいお菓子で埋もれちまうよ。」
歯を見せてししっと笑うのはいつものベル。でも目は笑っていない。見えなくたってわかる。声でわかるのだ。
「ボスも、スクアーロも、マーモンも、お前を待ってる。」
『……。』
ベルにとって、部下が一人死ぬのはこれまでに何度も見てきた。もちろん初めて部下が死んだ時は多少落ち込んだ。でもなまえ程では無い。ここの幹部達はそれなりなショックは受けるが、それでもはい上がって来たのだ。それがヴァリアーだからだ。
それでもこんなになまえを甘やかすのは、ヴァリアーにとって前代未聞だった。あのボスでさえドアを蹴破って無理矢理引っ張り出そうとしない。なまえに特別な力があるわけではないのだが、みんながみんななまえに惹かれているのはわかっていた。だからベルは一番にこの部屋に来た。
ふと悪い考えがベルの頭を過ぎった。思ったことはすぐ言葉に出てしまうベルは、すぐさま口を閉じる。危ない。こんなことを言ったらきっとコイツは立ち直れない。でも、聞いてみたい気持ちもあった。だからベルは、心の中で呟くのだった。
「(お前、俺らが死んだらどーなんの?)」
なまえはただ、涙を流し続ける。心の声など届くはずも無いのだが、ベルは呟いた後に後悔した。言ってはいけなかったと、なまえの涙を見つめながら後悔した。
「ごめん。」
『なんで…ベルが…。』
「ごめん。」
お前を救えなくて。抱きしめるだけで、なんて期待して。変なこと考えて。
だがベルにはなまえを抱きしめて、今まで信じていなかった神様に願掛けをするしかなかった。せめて、せめてなまえの涙が止まりますように。また、笑える日が来ますように。
「俺が傍にいる。……だからせめて、みんなの前で笑ってほしい。」
『…ベ…ル…。』
「あいつも、なまえに笑っていてほしいんじゃねーの。」
人を慰めることなんてしたことなかった。だからこんな在り来りな言葉しか出てこない。人を愛することなんて一生無いと思ってた。そもそも愛なんて知らなかった。でも今ならわかる気がした。やっぱり表現方法はこれしか思いつかなかったけれど。
君に、精一杯のキスを
そう遠くない未来、彼女はまた涙を流す
----------------
ベルは暗めもできる
なんて恐ろしい子←
← →