帰宅すると、沙希の部屋にカーズがいた。しかも何やら猫を連れ込んでいるらしく、どこから突っ込めばいいのやら、しかし少なからず慣れというか案の定というか、兎に角騒ぎ立てるほどの事でもないと思うようになってしまったなと、沙希は色んな言葉を飲み込み「ただいまです、カーズさん」と声をかける。
 色んな消耗品がなくなるタイミングって重なるなぁと沙希は思っていた。昨日の朝に洗濯用洗剤、夜に塩胡椒とトイレットペーパーに歯磨き粉。テレビリモコンの単三電池もまた買い忘れてしまい、昨夜の帰宅後に落胆したので今日こそは忘れないようにと、学校帰りにスーパーに寄り真っ先に電池をカゴに入れた。それからあれこれとカゴに詰めていたら思った以上の量になってしまい、両手を赤くしながら帰宅したら非現実的な彼が畳の上で猫と戯れているではないか。

「おかえり、沙希」
「また壁、抜けてきちゃったんですか?あと、その猫ちゃんは……」
「今日はうちの奴らが出払っていてな。吸血鬼もまだ寝ているしで、暇なのだ」

 だからと言って、不法侵入ではないかと言ったところでなんら意味もないことは分かりきっており、カーズのことだから例え侵入したとして真っ先に漁るのは冷蔵庫ぐらいだと分かっていたので、沙希はそれも特に言及することはしなかった。
 沙希は何かとカーズに甘い。甘いというよりは、憎めないのだ。究極生命体とか、そもそもDIOが吸血鬼になったのはカーズが作った仮面があったからとかの話は御伽噺のようではあったが、それが真実だとしたら聡明なんて言葉では失礼なぐらいに頭のいい人なのだ。それなのにどこか抜けているというか、吉良を困らせていることには変わりないのだが、以前吉良にこう見えて年寄りだから─吉良は老害だの言っていたが─たまに世話を頼むよと言われてから、沙希は少しばかりカーズを気にかけるようになっていた。

「……えっと、その猫ちゃんはどこから」
「こいつか?可愛かろう」
「そりゃあ、可愛いですけど」

 大人しくカーズの上に鎮座していた猫が沙希の足元に擦り寄る。沙希も幼い頃に実家で猫を飼っていたので、猫はもちろん犬や他の動物も好きだったし懐かれたようで悪い気はしなかった。しゃがみ込み、白く小さな身体を抱き上げるとキョトンとした大きな目が沙希を見返す。やっぱり動物って癒されるなぁと思いながら胸元に引き寄せてみてもやはり大人しい猫だった。こんな子付近で見かけたかなと思いながら、沙希はカーズに何処にいたんですかと再び聞いたが、返事を聞いた直後に頭にひたすらハテナを浮かべることになった。

「その猫はこのカーズの手だ」
「……………? え?」
「だから、手だ。見ろ」
「……ヒッ、ちょ、は…え、……うぇっ」

 沙希の目線の先には、本来あるはずのカーズの手が切り落とされたように無くなっていた。こういったものに耐性のない沙希は思わずせり上がってくるものを感じて慌てて口を手で覆い、胃のあたりを撫でつける。恐る恐る、チラリと再びその部分を盗み見る。まじまじとはとてもでは見れないが、血が出ている様子もなく当の本人は相変わらず猫を反対の手で撫でつけていた。要するに、猫に化した自分の手をもう片方の手で撫でて遊んでいるということになるのだがこの際そんなことは沙希にとってはどうでもよかった。
 とにかく何がどうなってるのか。胃の逆流をなんとか防いだ沙希は、いつか見たアニメで黒髪の可愛らしい女の子が目を光らせながら「私、気になります!」と言ったように、あそこまで興味津々と言った顔は出来なかったが彼女と同じようにカーズに近寄るのだった。

「う、ぅ……カーズさん、痛くないんですよね?」
「ああ、全く。俺は究極生命体だからな」
「究極生命体ってもうなんでもありじゃないですか」
「体内のありとあらゆる細胞単位で変形が可能だ。例えば吉良の姿を真似ることも出来るし、女の形になることも可能だ。見たいか?」
「猫ちゃんで十分です」

 そうか、と少し残念そうな顔をしたカーズの興味は色んなものへ向けられる。彼らの部屋にはテレビはあっても、その前にカーズやDIOが座ったらすっぽり隠れてしまうほどに小さいもので、他に沙希の部屋にあるような娯楽のための家電というのは皆無に等しかった。DVDを借りてもそれを再生するためのものも勿論ない。
 カーズがリモコンを押してもテレビが付くことはなかった。足元に擦り寄る白い猫をなんとも言えない気持ちで構いながらその光景を見ていた沙希は、思い出したように袋の中から電池を取り出してリモコンを借り電池を埋め込む。ドラマの再放送を観るのだ、とカーズが回したチャンネルでは刑事ドラマがやっていた。この刑事ドラマは片腕になる役者がシーズン毎に変わるもので、沙希も好きで見ているのだが最初の方は新しい片腕になかなか慣れない人もいればすんなり入ってくる人もいる。今再放送しているのは、沙希もこのシリーズで一番好きなものだ。
 机に頬杖を付きながら真剣にテレビ画面を見つめるカーズの横顔を、たまにチラリと見る。おでこにツノも生えているし、依然片手は猫のままなのだが、沙希にはどうにもカーズが人外と呼ばれることに違和感を覚えていた。こんなに端正な顔立ちをしていて、巨躯ではあるが筋肉のつき方も美しく無駄のない肉付きで人の形をしていて、沙希は彼の創造に神が尽力したおかげで私はこんなに平凡な見た目をしているのではないかとも思うぐらいだった。しかしある意味で、人間を超越した美しさがそこにある。確かにそう考えれば、カーズは人間ではないのかもしれないと、沙希は妙に納得しながら二人分の湯のみに茶を煎れていた。

「沙希よ」
「ふぁい」
「む、なんだそれは」
「お饅頭です。カーズさんもどうぞ」

 カーズが饅頭を手にしたのを見て、沙希は思わず豆粒でも持ってるようなサイズ感だなと思い、笑ってしまいそうになるのをなんとか堪えた。

「お前は他人に対し興味というものを持たないのか?」
「……たとえば、どんな?」
「あの部屋に人種の違う男たちが何故何人も住んでいて、何故共同生活をしているのかだとか、スタンドや波紋が如何なる力を持つのか、だとかだ」
「それはもちろん、興味というか不思議だなと思います。でもなんていうか、人には話せない事情とか、相手のためにあえて話さないとかってあるじゃないですか」

 沙希はディエゴたちに朝食を振る舞った先日のことを思い出していた。そのとき小さな声でディエゴと吉良が沙希の名を挙げ、「沙希にはまだその話は」「そのうち」という会話をしていたのを覚えており、スタンドや波紋という能力やカーズの究極生命体、DIOが吸血鬼だとかディアボロとドッピオのことを、沙希は信じる信じないの話ではなく確実なる事実としてしっかりと受け止めていた。勿論今でも御伽噺のようだとも思うが、自分より年上の男たちが何人も真面目に話す内容を茶化すほど沙希は能天気で空気が読めない訳でもなかったし、同世代のディエゴでさえそれを当たり前の事実として受け止め、当事者として彼もまた沙希をからかうということをしないのである。
 沙希や他の一般人から見て彼らの存在というのは異質であり、それに加えそれぞれがある能力を持っている。今までの境遇から得た当たり前であると言う事象というのが如何に信憑性がなく、さらに言えば自身までも波紋という力を宿していることに彼らのおかげで気づいたのだ。一般人でもなければ彼らほど特異でもない中途半端な沙希を、出会ってから特別に擁護するわけでもなく、だからと言ってあるだけ知識を埋め込んだ挙句に突き放すという事をせずに、徐々に距離を詰めようとしてくれている彼らの存在を沙希は居心地が良いとすら思う様になっていた。

「カーズさんたちが今までどんな生活をしてたとかは分からないし、もしかしたら強い能力だから悪いこともたくさんしたのかもしれないけれど、いいじゃないですか」
「言わせてもらうと、あそこの住人たちはお前たち人間にとってクソカスなことしかしてないぞ」
「都合いいけど、私は今のカーズさんたちしか知らないし、何の事情も知らないでそんな卑下すること言えないし、言わないです」
「……まったく、無垢にも程があるな」

 何も知らない幼いサンタナを思い出すものよ。そうカーズが零す言葉に沙希は微笑み、何も言わずにカーズの湯のみにおかわりの茶を注ぐ。
 沙希は心のどこかで、カーズは今日、自分たちが今まで何をしてきたのかを話すつもりだったのだろうという事に気づいていた。無駄な単語や比喩を使わず真っ直ぐに端的に話をするカーズなので、沙希はどんな話をされようとも取り乱さないように自己防衛と心構えのために先ほどの言葉を紡いだというのも事実だ。しかし勿論そこには本心というものも混在しており、ただただ沙希はこの緩やかな時間の中に僅かな緊張を生み出していたのである。
 しかしながらカーズは沙希の自己防衛と言う名のバリアを無理やり破ってまで、自分たちの生い立ちや境遇を話そうとはしなかった。ただお前は無垢だなと少々呆れ気味に微笑し、空いた湯のみを差し出し二つ目の饅頭を手にした後はまたテレビに視線を戻すのみである。

「ただ私教えて欲しいことがあって」
「なんだ」
「カーズさんってもしかして、動物好きですか?」

 猫の腹をカーズに見せる形で、沙希は猫を自分の胸元に抱き上げカーズに質問した。実は以前にも、カーズが数羽のスズメを見つめている姿を沙希は見たことがあり、不思議な事にそのスズメたちは逃げることなくカーズの指先や手の甲に留まるというと場面を目撃していたのだ。
 再放送のドラマがいつの間にか終わり、コマーシャルを挟み夕方のニュース番組へと移行しかけたところで、カーズは隣に座る沙希の頭を撫でた後に猫を回収した。

「……ああ、そうだな。特に小動物は愛でる甲斐がある」
「ふふ、見た目に似合わずですね」
「今この猫を熊にでも変えてやってもいいんだぞ」
「ごめんなさい」

 小動物のような小娘にからかわれたものだとカーズは思った直後に、先ほど自分が口にした言葉を思い出す。それも戯言かと気にも留めなかったが、目の前に座る自分よりいくらも小さい女に全く興味がないかと言われればそうではない。しかしその理由が波紋を使えるからと言う一択ではないことに、長い間宇宙で石化していたカーズ自身もまだ気づいていない。

「近いうちに波紋について教えてやる」
「やっぱり使いこなせなきゃだめですかね」
「宝の持ち腐れというものよ。有効に使えば医者も必要ないし、若さも保てる」
「教えてください!カーズさん!」

 現金な奴めと、再びテーブルに頬杖をついたカーズが沙希を見ることなく呟く。カーズさんもたまにそういうときありますよ、と沙希は返しながら台所へと向かう。
 テレビでは、ニュースキャスターが午後五時を知らせていた。

(2016/12/22)

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