ある日曜日の十八時、荒木荘のとある一室の六畳一間には、女一人と人外を含めた男六人が机を囲いすし詰状態になっていた。吉良が本当はもう一人いるんだけどとても忙しい奴だし、こちらからの連絡手段がないからと聞かせられた沙希は無言のまま、まだいるのかと言いたげな顔で吉良の顔を見返した。
 沙希は同じ顔の男に挟まれている状態で、向かいに吉良、その周りに他の男たちが各々胡座をかくなりしている状態である。一人少年が混じっているのが気にかかるが、それでは本題に入ろうかと吉良が声をあげた。

「そうだね、とりあえず、沙希。君の生い立ちについて聞かせてくれないか?」
「それ、関係あるんですか……?」
「波紋に因縁のあるDIOとカーズが気になってるらしいんだ、どこでそれを身につけるキッカケがあったのかってね」

 沙希は昨日から耳にしている波紋というものについてはサッパリという状態であった。昨日、なんとか落ち着いた後にカーズから波紋について無理矢理聞かせられたものの、太陽エネルギーだの仙道だの呼吸法だのと聞き覚えのない単語が飛び交う状態で、極普通に生活してきた沙希にとってはちんぷんかんぷんな内容だったのだ。
 なんのことだかさっぱりと返しても、究極生命体と吸血鬼にとっては重要なことらしい。殊に、カーズはなんたらの赤石というものでこの世の生物の頂点になったおかげで、それ以前まではどうにも抗えなかった波紋を自身の体内でも作り出せるようになったらしい。
 ところで沙希の生い立ちだが、二十一年前にこの世に生を授かり、幼少期の頃は非常におとなしかったので両親が少し心配したものの、小中高と公立の学校に通いそれなりに友達にも恵まれ、複数の大学を受験して第一志望の大学に通うことになったというだけの、そこらにいる女子大生となんら変わらない生活をしてきた。要所要所で掘り下げたことも言ったが、なんら特別なことなどなく、カーズとDIOは腑に落ちないといった顔をしていた。

「沙希といったか、お前の波紋は極々微弱だが、昨日の様な場面になると制御不能といったところになる。そこのクソ吸血鬼を絶体絶命に追いやるほどの素質は秘めているということだ」
「はぁ…。波紋というのは、太陽と同じ波長?のようなエネルギーで、だから吸血鬼のDIOさんには効果覿面ってことですか?」
「ふざけるな。このDIOがこんな小娘にやられるだと?それにジョナサン以上の波紋使いがいるものか!」
「静かにしろ、ちなみにこのカーズのジョジョもなかなかの波紋使いだったのは認める」

 ジョナサンが、ジョセフがと机を挟んだ人外で口論が始まり、終いにはカーズが輝彩滑刀を繰り広げDIOがスタンドを使うという最悪の状況になりかけたところで、カーズの角の一つとDIOのヘアバンドと思しきハートのモチーフが爆発した。色々教え込むとパニックになるからと、とりあえず波紋について教えられている沙希は未だスタンドという概念については詳しくなく、突然DIOとカーズの顔周りで何かが爆発したものだから完全にフリーズしてしまった一方で、怒りで顔を赤くしたり辟易しつつ青ざめたりと、吉良の顔色は忙しなかった。
 突然究極生命体だの吸血鬼だの波紋だのと、沙希は今まで自分が生きてきた世界と突然切り離されたようななんとも言えない気分になった。漫画やアニメは嗜む程度だが、まさにその二次元の世界のことのように思えて、自分の身体も関係しているというのにどこか他人事のところがあった。昨日は錯乱寸前までいったせいで自分の中の何かがプツンと切れてしまったのかもしれないと、自室に戻りぼんやり正座をしながら壁を見つめていたらまたしても壁が形を変え、忘れものだとカーズが沙希にハンカチを渡したものだから、彼女はこの世にありえない事などないのだと強制的に思わされるようになったのだ。
 人外たちがおとなしくなったのを確認し、吉良は改めて自己紹介をしておこうかと提案した。昨日見かけない人間がいたので沙希にはありがたかった。

「沙希さん初めまして、ドッピオといいます。吉良さんのお仕事が忙しいときは僕が代わりに家事なんかをしてます!」
「ドッピオはここの良心と言っても過言ではないからな」
「ドッピオくん!よろしくね!」
「ボスも挨拶したいらしいので呼びましょうか?」
「ボス?」

 やっとまともそうで可愛らしく、吉良もごく普通に対応している男の子と話せて安堵したのも束の間だった。ボスってなんだろう、と考えている沙希の目の前で、可愛らしい少年はピンク頭に班目に髪を染めた男に変わった。本当に、変わったのだ。近くにいるもんだと思って待っていたら、ドッピオがこれまた露出狂のような奇抜な男に変化したのである。確かに昨日この男が押入れから出てくるのは確認したが、問題はそこではない。正座したまま意識が飛びそうになった沙希の肩に腕を回し、ディエゴが大丈夫かと声をかける。大丈夫なわけがなかった。

「え、まっ、え、ドドド、ド、ドッピオくんどこ行ったんですか」
「この男がディアボロだ、ニートだぞ」
「ディエゴくんあの、言葉のキャッチボールがしたいよ私は」
「あとディアボロはよく死ぬ。その度に生き返ってるから問題ない」
「問題なくはない。死への恐怖に慣れることはない。人外の乱闘に巻き込まれたり食糧にされるのはごめんだ。沙希、私の名はディアボロだ。もとはイタリアのギャングのボスをしていた」
「ごめんなさい、え、ちょ、え…」
「DIOの息子のせいで死に辿り着けないんだぜ」

 ディエゴの紹介と説明は沙希にとって、ここの住人たちに対しさらなる懐疑と恐怖心を煽るには十分すぎた。
 ディエゴこそまともな人間だと思っていたのに、遠い意識のところでディアボロが「上半身と下半身真っ二つになって死んだ奴には敵わないな」とディエゴに向かって口を開いたところで、自分の味方が誰もいないことに沙希は気づいたのだ。残る神父をチラリと見れば、ニコリと微笑み返してくれた。奇抜な髪型をしているが、話せばまだマシな気がすると思わせるには十分な微笑みだった。

「あの、あなたは…」
「私の名前はプッチだ。近くの教会で神父をしているよ」
「えっとじゃあ、ここで働いてるのは吉良さんとディエゴくんとプッチさんなんですね?」
「そういうことになるね。まあ、収入は結婚式のときぐらいしかないのだけど。ところで、」

 ところで沙希、きみは神を信じるかい?そしてDIOをどう思う?僕の大事な大事な友人なんだけど、最近DIOこそ神に近い存在なんじゃあないかと私は思うんだ。どうだい、あの耽美的な肉体に、見つめられたら身動きできなくなるような瞳に、蝸牛を責め立てられるような声音。ああ、神々しいとしか思えないよ。そして何より求めるのは天国だ。私たちは天国へ到達するためには如何なる方法も試してみる所存だよ。私のスタンドとDIOのスタンドがあれば、きっといつかそこへ辿り着けると思うんだ。もしその過程に若く波紋を使える女性が必要だというなら沙希、悪いがきみには協力してもらわなければならないよ。DIOのためなのだからね。

「あの、ディエゴくん」
「プッチは基本的にああだ。関わらないほうがいい」
「あの、吉良さん」
「大統領は多分今週のどこかのタイミングで帰ってくると思うから、気長に待つといいよ」

「たすけて」

 足立沙希は今まで育ってきた田舎の故郷同様、伸びやかに自由に、慎ましやかな生活を送りたかった。
 たとえ隣の一室に、二人の人外含めたニートリオがいようが、同じような思考を持ったリーマンがいようが、特殊措置を受けてるとはいえ同じ学部の唯一の砦の騎手がいようが、神父を超えた電波がいようが、聞き間違えであってほしい大統領がカウントされようが、今までの生存活動の基礎を破壊されて新たに強制的に埋め込まれた、常軌を逸した未知なる体験を甘んじて享受することが逃げることへの近道だということを、足立沙希はこの一時間で学んだのだ。

(16/10/20)

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