吉良吉影は、この世界でももちろんのこと平和に穏やかな暮らしをしたかった。二人の人外を含めたニートリオと電波神父に、唯一の働き手であり学生である騎手と、たまにあらゆる隙間から肉声効果音とともにやってくる大統領と六畳一間で暮らそうが、ギリギリの生活だろうが、なるべく慎ましやかに暮らしたかっただけだ。

「カーズ……その子は……攫ってきたのか?」
「隣の部屋に落ちていたのだ」

 隣の部屋に、落ちていた。そんなわけないだろう、人が落ちているなんて表現は一般的にはしないし、それに拾おうともしない。隣の部屋に居て、横たわっていただけのところを、なんの気を起こしたのかカーズが自分たちの暮らす一室に連れ込んだのだろう。
 相も変わらず、繁忙期だとかいう理由で休日出勤を強いられた職場から帰宅した吉良は、居間と呼べるスペースに足を踏み入れたままの状態で固まっていた。とある土曜日の十九時過ぎ、この部屋にいるのはカーズと棺桶の中で未だ眠りこけているDIOに、おそらくこの騒ぎで押入れから出てこないのだからその中で死んでいるであろうディアボロだ。

「カーズ、おそらくその娘は今日から隣人になる予定だった子だ。そして私たちとは全く違う境遇の、ごく普通の人間だ。私たちのことを知られたらどうするつもりなんだ」
「なぁに、このカーズ、腹が減ったならディアボロでも食っているものよ。それなのになぜこの娘を吸収せず、ここに連れ込んだと思うのだ」
「な、に……スタンド使いか?」

 沙希は胡座をかいたカーズの脚を枕に、仰向けに寝かせられてた。たいそう愉快な顔で沙希の頭を時折撫でるカーズに、吉良は多少の気味の悪さを覚えた。今までに一人の女をこのように扱ったり、そもそも女に対して興味を示さなかったカーズが慈悲深い視線を女に送るなんていう、そんな場面を見るのはこれが初めてだったからだ。
 不覚ではあるが、やはりカーズは吉良の目から見ても美しい。贔屓目でモナリザの手には負けるかもしれないが、一般的に見て美しい以外の表現が見つからないというような見目をしている。そんな男の、一人の少女を慈しんでいる様子というのは、ルネッサンス全盛期に多くの画家が一様に個々の表現をキャンバスに描いた聖母マリアと幼きキリストを彷彿させるようであった。
 とはいいつつ、吉良も吉良で、その女自身の腹の上で組まされた手に釘付けであった。なんとはなしにカーズと、寝そべる女の側に近寄り腰を下ろし、この子をどうするつもりなんだという御託を並べながら視線はめっぽう、若くて張りのある手に注がれていた。

「そこの吸血鬼が起きたらわかることだ」
「DIOと何か関係があるのか?」
「さぁ、どうだかなあ」

 なんとも歯切れの悪い答えに、吉良は多少のイラつきを覚えていた。クイズ番組の難問の答えをカーズ一人が知っていて、正解が出るまでの間にからかわれるような、そんな気分だった。
 男二人の話し声によって意識が戻ってきたのか、仰向けにされた少女が小さな呻き声を上げてようやく目を開いた。薄っすらと目を開け何度もゆっくりと瞬きをする様子を眺めていると、吉良と少女の目が合う。

「……あ、え…? !!!」
「!し、ずかに……どうか声をあげないでくれるかな、今から説明するから、ね」

 思わず声を上げようとして大きく開いた女の口を、吉良は咄嗟に押さえつけた。そうしてなるべく落ち着かせるように声色を低くして、自分にできる精一杯の優しい表情をしたつもりだった。泣きそうな顔でコクコクと首を縦にふる少女の物わかりの良さに安堵し、その手を離す。

「怖い思いをさせてしまって申し訳ない。この男の名前はカーズ、私は吉良吉影だ」
「…足立沙希です…あの、すみません全く状況が、その」
「無理もない。私は先ほど会社から帰ってきたばかりでね、カーズが君を寝かせているところに遭遇したもんだから、正直私も……カーズ、なんとか言ったらどうなんだ」

 前の世界の私だったら、沙希に対しこんなにも不憫さを感じることはなかったのだろうと吉良は思った。起きて早々、筋骨隆々の男に背後を取られ、くたびれたサラリーマンに見守られるなんて悪夢も同然だ。
 自身を落ち着かせるように、沙希は呼吸を整え、起きたことを反芻しているように見えた。肩を大きく動かし、胸に手を当てて、ゆっくりと。そのまま吉良が視線を上げると、クイズの答え合わせで正解の確信を得たような、そんな表情をしたカーズがいた。

「やはりなァ……この女、ただの人間ではないぞ」
「?あ、あの私普通の、田舎育ちの…!あ、あなた!さっき壁に、いた!」
「?ああ、あれは寝ぼけて壁を吸収してしまったのだ。そうしたら隣の部屋に繋がるのは当然のことだろう」
「い、意味がわからないんですけど…」

「ンッンー、若い女がいるじゃあないか、誰が連れ込んだか知らんがありがたく頂くぞ」

 吉良がこの一分間に確認できたことは、カーズと沙希が話す内容を一緒に確認したことと、いつの間にか棺桶から出てきたDIOが起きて早々スタンドを発動し、時を止めて沙希を抱きかかえたところと、時が動き出してすぐ、困惑しきった沙希の首元にDIOが歯を突きたてようとしたところだった。
 そうしてその直後、直後一瞬でこの女が只者ではないという確信を得るのである。それはカーズが予測した答えを超越したものであった。

「?!?!ディエゴ!くん!やめて!!!」
「なッ?!ディエ…WRYYYYYYY!!やめろ!!!」

 沙希とDIOが同時に絶叫した。吉良にはこの状況がさっぱり理解できなかった。
 沙希の首元にDIOが噛みついた直後に、沙希の口から出たこの部屋の住人の名前。そして血を堪能するかと思いきや、一滴も吸血する素振りを見せることなく口を押さえ床に伏せたDIO。カーズは何より、ディエゴの名前が出てきたことが意外という顔をしていた。

「カ、カーズ!何が起きているんだこれは」
「波紋だ。微弱だが、この吸血鬼に灸を据えるには十分だ」
「このッ女!なんなんだ貴様!なぜ波紋の呼吸が出来るッ?!」
「も、もうやだ…き、吉良さん助け…」

 ようやく頭が動き出して、様々なことを確認しようとした矢先にこれまたガタイのいい男に気づいたら抱きかかえられ、さらには首元に鋭い犬歯を突き立てられるところだったのだから、泣きだすのも無理がない。自分にとっておそらく害がないことを確認したのか、それとも同じ日本人として頼れるのが吉良だけだったからか、沙希は男に泣きながら縋り付いた。その間も吸血鬼はぎゃあぎゃあと騒ぎ立て、沙希はひたすら吉良の背中で震えているだけだった。
 そうして玄関の扉が開く音がして、押入れの扉も続いて開かれた。

「ただい… ……は?何この状況」
「……やっと生き返ったのに、なんだここは地獄か」

 吉良吉影は、静かに暮らしたい。もちろんそれはこの世界で再び生活することになった今も変わらない。
 
(16/10/11)

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