常しえのブルームーン



 丁寧な暮らしがしたかった。とは言え、ミニマリストのように必要最低限の生活用品で暮らしたりだとか、DIYで部屋の隅々まで自身の理想を貫徹させるだとか、それ程のものではない。
 起床後に太陽の日差しをたっぷりと浴びることのできる大きな窓とか、なるべく日中は部屋の電気を使わないように過ごすために生活空間の位置を調整するだとか、夜はしっかりと睡眠を取るために湯船に浸かり一日の疲れを労ってやって、寝るに相応しいように成るべく暗い部屋で休養をとる。当たり前のようであって難しい、それでいてQOLの向上を望む第一歩の提案である。
 シブヤに越してきたのは、仕事の都合だ。出来ることなら、イメージ通りのシブヤのような喧噪にまみれた環境での生活はしたくなかったのだが、驚くことに市街地から一歩住宅街に入るとそれ程気になるようなことはなかった。
 車や電車の通る道や場所は様々な店が並び、空いたと思ったテナント物件はさっさと埋まる。商業地域がそのように切磋琢磨してくれるおかげで、住宅街はその枠外に追いやられたが、おかげでシブヤなのに煩くなく、シブヤだから便利な生活を送ることが出来ると気付いた。まあ、不動産屋の受け売りである。
 シブヤ駅から徒歩十分、女性の一人暮らしに丁度よい広さで、大きな窓のある部屋を見つけた。家賃も予算内だし、築年数は十年ぐらいだがリフォームも終了しており、天気のいい日には太陽の光を真っ白い壁が反射して部屋を明るくしてくれると内見のときに紹介され、食いついてしまった。
 実際に越してみて、正解だったと思う。引っ越しのストレスはなかなかのものだが、上司が溜まっていた有休を五日間入れてくれたこともありのんびりと荷下ろしすることが出来た。
「そうだ、夢野先生に連絡しよ」
 何故私がシブヤに越してきたのか。自分の勤めるオフィスがシブヤ近郊にまもなく移転することも事実だが、編集者の私が憧れの夢野幻太郎先生の担当になったことが今回の引っ越しの決定打になったと言っても過言ではなかった。
 まさか自分が夢野先生の担当になるだなんて、夢にも思わなかったのだ。先日夢野先生と、とある昔ながらの喫茶店で挨拶をしたときの物腰の柔らかさや優しげな瞳、端正な顔立ちとたまに茶目っ気のあるところなんかを垣間見てしまい、これは小説だけでなく著者近影で彼の虜になってしまう女性も実際に数多いることに、すとんと腑に落ちてしまった。
『はい、有栖川どすぅ』
『夢野先生、おつかれさまです。引っ越し無事に終了しました、先生には内見のときからお世話になりました』
『無事に終わったのなら僥倖、お疲れさまでございました』
 それにしても、まだ数回しかお会いしていないのに僕の冗談を華麗にスルーしてくれるんですね。そう夢野先生が電話口で可愛らしい悪態をついてくるので、つい笑ってしまう。
 確かに片手で数える程度の回数しか会ってはいないのだが、こうして夢野先生の人となりを推し量り対応するに十分なほど濃い時間を過ごせたのには理由がある。
 一つは、内見を共にしたことだ。初めて顔合わせをした際に引っ越しの話をしたところ、迷惑じゃなければ内見を一緒にさせてほしいと夢野先生が申し出てきたのだ。なんでも、室内の描写を根詰めていくとなんだかいつも同じ部屋になってしまう気がして、とのことだ。
 確かに新しい環境だったり未知のものというのはインスピレーションを起こしやすい。夢野先生の作品が私の肯定一つでより含蓄に富んだ物語になるならば、そこに住む可能性があろうとも寧ろ内見を共にしてほしかった。実際に何件か巡り、夢野先生の助言もありこの部屋を手に入れることが出来たのだ。
 二つ目は、夢野先生の家に度々やってくる有栖川帝統が原因だ。
 夢野先生の家に一度お邪魔したときに、穀潰しの飼い猫はいるが気になさらずと居間に寝転ぶ肢体を足でつつき、帝統を私に紹介したときが初めての邂逅だ。
 ねぇちゃんが幻太郎が言ってた新しいタントーさんかあと言いながら握手を求められたので反射で握り返せば、夢野先生は何故あなたがよろしくするのですと訝しげに帝統を見やったときは吹き出してしまった。
 それからなんの因果か、シブヤの街に買出しに出ると帝統に合うことが何度かあった。パチンコ店から出てきたところに遭遇したり、それ程シブヤに馴染みがなかったので、シブヤに住むなら一度くらいはちゃんとハチ公を拝んでおくかと駅前に行けばおじさんと楽しそうに話しているところ目が合い、気づけば何故かご飯を集られていたりと、そんな具合だ。
 彼はいとも簡単に私の心を掌握した。これは恋愛だ情愛だの話ではなく、彼の大らかな性格への好意である。
 確かに賭け事で生計を立てている家無しギャンブラーという字面は最悪の一言に尽きるが、彼自身については別段屈折している様子もない。今の私には羨ましいばかりの齢二十歳というブランドを容易く叩きつけてくることもあれば、大人の男を見せつけてくることだって少なくない。表情豊かな彼を見ていると、単純ながらこちらも元気が湧いてくるのだ。
 そんな帝統を共通の仲間にしたこともあり、夢野先生と打ち解けるのは早かった。



 今回の引っ越しはGW前だった。要するに、私は大型連休の前にも五連休を勝ち取っていたのだ。
 次に出勤したら仕事を忘れてしまいそうになるのが唯一の恐怖だが、時々夢野先生から進捗だったりアイディアの思案だったりを問われたりしていたので、度々現実に引き戻されるタイミングはあったが、寧ろ恐怖を払拭してくれるありがたい存在である。
『もしもし、どうされました?』
『ああいや、仕事のことではなくて。今日は家にいらっしゃいますか?』
『荷解きも終わって、暇なぐらいですよ』
『ならよかった。これから引っ越し祝いお持ちするので、待っていてくださいまし』
 切電後、嬉々として先生の来訪を承諾してしまったが、いくら仕事仲間であるとはいえ男性を一人暮らしの女の家に簡単に招いてしまうのは如何なものだろうかと、徐々にあえかなる羞恥心が湧いてきた。一つ返事でお待ちしてますだなんて、あの夢野先生の考察力ではもしかしたらはしたない女と思われてしまっただろうかと後になって悶々としてしまいつつ、スマホを握りしめて考え過ぎと言い聞かせるに徹することにした。そうしないと、いざ顔を合わせたら勝手にギクシャクしてしまいそうだったからだ。
 お茶の準備でもと腰をあげれば、来訪のチャイムが鳴った。出先から電話をかけていたのだろうか、早すぎる知らせに慌ててインターホンを確認すれば、予期せぬ来訪者が笑顔でカメラに手を振っているのだ。
「あれ、帝統!? どしたのってか、何で家知ってるの……?」
「あー、幻太郎にお前ン家に行くように頼まれた!」
「そ、そっか……今開けるね!」
 インターホン越しの会話を疑問を抱きながらも終え、黒いインナーの胸元をパタパタとして風をつくる帝統は、なんか外暑くなってきたなとキリッとした眉を少し下げながら夢野先生から頼まれたであろう手土産を私に突き出した。そうして、理解の追いつかない私をよそにさっさと靴を脱ぎ散らかして室内に上がりこむ。
 平常心を装った私は紙袋の中を見て、今治タオルと水羊羹、夢野先生らしいねと帝統に声をかけるのだ。
「あー、なんか結構悩んでだみたいだぜ。最後はまあ定番の物で良いでしょう、って」
「バスタオル、引越し前に数枚捨てちゃってたからよかった。……で、何で帝統がここに?」
「幻太郎は途中で乱数に拉致られてった。あいつよく新作のモデル俺らに任せるんだよ。今回はイメージ的に幻太郎がいいって、腕とってどんどん事務所連れてかれちまってさ」
 そんな会話をしている最中に、手の中のスマホが振動した。メッセージアプリの通知は夢野先生で、出直せばよかったけどこの後忙しくなるので帝統に来させたことや、私と帝統が既に友人と言える間柄になっているとはいえアポなく彼を私の家に向かわせてしまったことに対する謝罪が送られてきた。
 やはり私が考え過ぎなくらい、律儀で思慮深い人だと思わざるを得ない内容だった。
「な、水羊羹食おうぜ!」
「……なんであんたと夢野先生が仲良くできているのか、謎すぎる」
 結局彼の愛嬌に勝るほどの辟易は私の中から生まれることもなくつい甘やかしてしまうのだから、この男の行動や態度に付随して対人の心を掌握するアビリティというのは天賦の才の他ならない。夢野先生ですら丸め込んだのだ、私のような癒しに飢えた女性は案外このダメさにころっといってしまうだろう。
「お茶も欲しい」
「あっついの淹れてあげるから待ってて」
 せめてもの嫌がらせである。自分がまさか甲斐性なしの男に絆されることなんて、ちょっと仲良くなったぐらいでそんなこと、あり得ないと思いたかったのだ。
 実際、好みのタイプといえば夢野先生のような男性だ。出会ったばかりの私を街中でひっ捕まえてご飯を奢らせるような男とは、絶対に相容れないはずだと思っていたのに、気づけば帝統が何をしても仕方ないで済ませているのだから、この男が無自覚に撒き散らしているご愛嬌というのは恐ろしいものだ。
「幻太郎が、お前のこと褒めてた」
「えっ、な、なんて!?」
「食いつきがダンチじゃねぇかよ……」
 先日夢野先生から、根詰めすぎると次第に視野が狭まってしんどくなってくると聞いていたので、学生の頃にヨーロッパ各国とアジア圏数カ所に友人とバックパックをした時の写真が詰まったアルバムを手渡したのだ。
 素人の写真だから綺麗なものばかりではないですがと添えれば、興味深そうにパラパラとページをめくりこの写真は等と説明を求めてきたので、いい気分転換になってくれるかもと自負はしていたが帝統に言うほど気に入ってくれていただなんて。先生の言葉を借りるなら、これがまさに僥倖ってやつだ。
「もう買い出しねぇの? 暇だから付き合うけど」
「あー、大体は揃ったんだよね。あとはカーテンなんだけど」
「カーテンって、普通真っ先に買うもんじゃねぇの?」
「気に入った色のサイズがなくて、窓大きいでしょこの家? 幅一五◯センチ必要で取り寄せになっちゃってさ」
 一人暮らしで必要かは悩んだが、カフェテーブルを購入して正解だった。椅子が一つしかないので帝統には折りたたみの踏み台に座ってもらって、二人で夢野先生からの引越し祝いを堪能して頬杖をついて、テレビを見る。その隣に本来あるはずのカーテンがないのだから、いまいち生活感がない気も否めないのは確かだ。
 一応前の家のカーテンは持ってきて、新しいカーテンが届くまではレースカーテンだけでもと取り付けてみたのだが、もちろん幅は足りないし裾もつんつるてんで、とても見れたものではない。
「なー、ちょーっとお願いがあんだけど」
「お金なら貸さないよ!」
「ちげーって! ……女のお前に頼むのも悪いんだけどよ」
 今晩、泊めてくれないか。
 頭の中でカタコトのように繰り返されたその言葉を無意識のうちにオウム返しして数秒後、やっと理解が追いついた。なんてことを言ってるんだこの男と、驚きと焦慮と小さな怒りが脳内を鬩ぎ合い、最初に口から出た言葉はなんとも頼りなく、情けない一言だった。
「あ、あんたねぇ……! い、色々と順序ってもんが……!」
「順序ってお前、男ぐらい泊めたことあんだろ?」
「ある、けど!」
「なに焦ってんだよ、まあダメなら他のヤツに声かけるけどさあ」
 いい年をした女が、年下の男からさも当たり前のように泊めてと強請られ余裕なく狼狽える姿は、なんと滑稽なことだろうかと自嘲してしまった。もっと冷静に大人の返しも出来ただろうに。
 それに、他のヤツって言葉が引っかかってしまうこの気持ちはなんなのか。帝統に抱いている行為は友人としてに留めていたはずなのに、まさかその先の淡い何かとでも言うのだろうか。ならばその答えがなんなのか、泊めてやることで証明してやろうじゃないかなんて、もはや自暴自棄と支離滅裂もいいとこである。
「いいよ、泊めてあげる! 夜ご飯作るの手伝ってよね」
「メシまで恵んでくれるのかよ! やっぱりお前に頼んで正解だったぜ、そうと決まればさっさと買い出し行こうぜ」



 まだ五月も半ばというのに、夜になっても今日はまだ少し暑いようだった。丈も幅も足らないレースカーテンは、開け放した窓からの風を受け、薄いからだを持ち上げられはためいている。
 結局夕方頃に帝統と最寄のスーパーに行き、ハンバーグが食べたいなんて言うもんだから合挽き肉を多めに購入して家に戻り、一宿一飯の恩義だから掃除してやるよなんて上機嫌で言うもんだから、越してきて大して汚れてもいない風呂場とトイレを掃除してもらった後で夕ご飯を手伝ってもらい、午後九時をすぎ各々好きなことをして過ごす今に至る。
 帝統はベランダに出て喫煙をしているようだ。紫煙が彼の周りを囲む。臭いが部屋に入るから窓を閉めてと声をかけようとして、止めた。
 後ろ姿は、紛れもなく成人男性のそれだった。案外肉付きのいい体躯は、部屋の中にいる私が見てもそうと思えるほど逞しい背中で思わず関心してしまうぐらいだった。
「なー、幻太郎のことどう思ってんの」
 ベランダ付近に放置してあった洗濯物を畳みに帝統に近づけば、こちらに一瞥もくれずに夢野先生について問われた。
「帝統は夢野先生の本読んだことないの? もうすんごいんだから、カメレオン小説家って言われてるぐらいどんな小説もお手のもんよ!」
「あー……ま、いいや。あと、ハンバーグうまかったなぁ、また作ってくれよ」
「私もいつもより美味しく感じた。きっと帝統と作ったから、か、……な」
 自分は今、何を口走ったのだろうかと思わず口元を手で覆ったが、言葉は物理的に体積を持つものではない。間に合うとか言う次元の話ではない、さっさと空気中の気体・個体・液体を通じあっという間に帝統の耳に飛び込み蝸牛を揺らしてしまったに違いない。ここが真空だったらよかったのになんて、そんなことを考える日が来るとは思わなかった。
 あっちぃと大きな声がしてベランダを見やれば、帝統の指を跨いでいたタバコはフィルターギリギリまでチリチリと燃えていた。そのままベランダに転がったタバコを帝統が踏みつける。思わず立ち上がり帝統に駆け寄り、手を取った。中指が少し赤くなっていたので、冷やそうよと顔を覗き込めば同じぐらいに熱を帯びた帝統が、こんぐらい大丈夫だと手を引っ込める。
「……風呂入ってこいよ」
「うん、保冷剤は握ってなよ」
 冷凍庫から保冷剤を出して帝統に持たせれば、今度は冷てぇなんてわがままが聞こえてきたがタバコの温度は八〇〇度にもなるのだ。根性焼きがずっと残るのも頷ける温度だし、何より勝負師の大事な指先だ。
「もう、夢野先生の飼い猫なんだから、私が怒られちゃうじゃない」
「誰が飼い猫だ!」
 犬歯をちらつかせ抗議する姿を見て、ゴワゴワした大きめの犬ってのもありなのかもしれないと思いつつ気づけば帝統の頭を撫でていた。
 この男の前にいるとなぜか身体が勝手に動いてしまい仕方がないのだ。そんな自分をやっと甘受できたのは、そそっかしい姿を先ほど見たからかもしれない。ようやく生まれた余裕なのだ、またそれをこの男の思わぬ言動によって取り上げられてしまう前に消費して見せしめたほうがいいに決まっている。
 慣れたような手つきでそのまま若い頬を挟むようにいじってみれば、あっという間に形勢逆転だ。フラグの回収にしたってあまりにも早いじゃないか。
「あ、はは……え、なに、なに帝統!?」
「うるせえ! 徹マン明けでこっち来てんだよ! 寝かせろ!」
「う、うっす……」
 さっさと室内灯のリモコンを奪って消灯ボタンを押した帝統は、頬をつまんだ私の腕をとりさっさと腰掛けていたベッドに放り投げた。ぐんと引かれた反動で思わず帝統の胸板に鼻を強打し、声にならない声をなんとか絞り出せる頃にやっと状況を把握したのだ。私は今、自宅のベッドで有栖川帝統の抱き枕にされている。
 密かな寝息が聞こえて来た。徹マンをしていたのは事実らしく、のび太となかなかいい勝負なのではと少し緩んだ腕から寝顔を覗く。ゆっくりと身体を離し、時々身動ぎ力が加わりまた腕の中に戻されたりもしたが、なんとか抜け出すことができた。
 そのままさっさと風呂場に行けばよかったにも関わらず、私は向かい合ってじっくりと帝統の寝顔を独り占めにした。絶対にイビキもすごいし、口も開けるだろうし、寝相もひどいと想像していたのに全てその逆だった。いつも力の入ってる眉間が弛緩している。眉毛の印象というものはかなり大きい。優しげに弧を描いたおかげで、あっという間にあどけない寝顔の完成である。
「可愛い寝顔」
 独りごちて立ち上がろうとすれば、手首を掴まれた。寝ていた帝統を確認したあとだったので中々の驚きだったが、振り返れば薄眼を開けた帝統がもう少しと右腕を伸ばした。手馴れていると思うと胸が少しチクんとしたので、当てつけのように勢いよく帝統の腕に頭を叩きつけるように置いた。
「カーテン、なくていい」
「いや、要るでしょ。帝統の部屋じゃないんだから」
「じゃあ、俺が泊まる時はカーテン開けっ放しにしてくれよ」
 色々とツッコミたいことはあったのだが、整理してから話すことを覚えた私は一度息を飲み込んだ。
 眠るなら、真っ暗なほうが寝やすいと思うと帝統に提言すれば、外で寝る時が多いから一番落ち着く明るさなんだと目をつぶりながら話す。納得してしまいそうになったが、外で寝るというのはいくら男とはいえ危険なのではと思ったが帝統の話が続いたので否定の言葉は喉の奥に押し込んだ。
「真っ暗だと、怖くねぇ? それに暗すぎると、ずっと眠っちまいそうだし」
「私は暗いほうが寝やすい気がするけど……まあでも、寝続けそうなのはわかる」
 何気なく腕をあげ、指先をグーパーとしてみせる。
 夜の光は、例えるならば何色だろうか。薄いようで、仄暗さもあって、透き通ってるような気もするし、キラキラしたイメージもある。夢野先生に今度聞いてみよう。
「だろ? それに結構いいもんだぜ、星見ながら寝るのも」
「結構ロマンチストなのかね帝統くんは」
「そうかもな」
 開いて閉じてを繰り返していた私の手に、帝統の指が絡みついた。逞しく、それなのにその火傷の跡がなんとも危なっかしくて、私はきっとこれから帝統に振り回される日々を送ることになると直感するのだ。
 絡んで来た指は夜の光を受け、何かの写真を見ているような気分だった。まるで他人事である。瞬きがシャッターで、網膜が捉えた目一杯の背景とメインの二人の人間の指先。写真の奥は暗いのに、手前は薄く暗い青がよく映えていた。
 丁寧な暮らしはできる限りでいい。カーテンはもちろん必要だけど、たまに帝統が来る日ぐらいは開けたまま寝るもの悪くないと思うのだ。なんて、まるで今後の宿泊も許可しているような口ぶりだが、本心に変わりはない。
「寝顔、見れるのは悪くないかな」
「……ガキ扱いすんなよな」
 まだこの関係に決定的な名称をつける必要はないと思うのだ。
 繋がれたままの指先で帝統の甲をくすぐれば、帝統はいよいよ入眠するために瞳を閉じながら、同じように指先で応答した。
 夜の青、濃い青は時間を経てますます帝統の髪色に溶けていった。空いている方の指でひっそりと髪をすくい上げればサラサラとこぼれ落ちていく。
「おやすみ、帝統」
 夜の色と帝統の髪色の境界がぼやける。視界にまた寸足らずのレースカーテンの白がはためいた。じわじわと背景に漏れ出した濃い青は、わずかな明るさを保持したまま部屋を包み込んだ。

(200515)



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