ボチャン。 静寂を揺らす鈍い音が鼓膜に広がっていく。柔らかな其れに包まれ、私の身体は一旦深く沈んだもののふわりと逆らうことが出来ず浮かんでしまう。 底から見上げる鈍い銀色に、ゆっくり、ゆっくりと意思のないままに近づけば、視界いっぱいに広がる光の粒がキラキラと瞳を刺激する。そろりと見上げた夜空の中に、きらり月明かりを受けた昼間の空が現れた。 「――っぷはぁ、」 「…何をしているんですか」 纏わりつく水滴よりも冷ややかな声が頭上から浴びせられる。わかっていたことだと視線だけを其方に向ければ、いつもより無表情のように見えるけれど、それでいて瞳だけが心配の色を覗かせているテツヤが逆さまに映った。その姿にぷっと吹き出せば今度は訝しげな視線を寄越される。それを無視し、ぷかり浮かんだまま視線を空に戻せば欠け始めた月と出逢う。以前、満ちる月より欠けていく月が好き、そう言ったことがあった。どうしてだろう、その理由はいまだにわからない。 「暑いから、涼しくなろうかなって」 「他にも方法はあると思うんですが、」 それに夜の学校に入るのは感心しませんねと、少しだけ不機嫌を漂わせた声色に私は首を竦めた。咎められる事には慣れている。金に近い頭髪を、左に3つ、右に4つ開けたピアスを、入学してから咎められなかったことなんてなかったから…。 わかりました〜黒子センセイ?と言えば眉間に皺が寄るけれど、其れさえ今の私にとっては心地良い。それは、きっと…私と視線を交え、心に落ちる言葉を紡いでくれる人は彼しか居ないからだ。 「苗字さん、早く―」 「……名前、呼んで?」 浮かんでいた身体を直し、プールサイドに立つテツヤの許へ手を伸ばせば呆れたように溜息を一つ。それでも、私に差し出してくれる細い手が、あたたかく優しいことを誰よりも知っている。何度も何度もこの手に救われてきて。愚かな私は望んでしまう。この誰よりも愛しくあたたかい手を手放したくないと。霞む未来を一緒に探して生きていきたいと。 「………名前さん」 「…うん、」 「…名前さん」 「うん」 「名前、」 ボクの前から、消えないでくださいね。 掬いあげられた身体は、ふわりとその優しすぎるぬくもりに包まれ自然と瞼をおろす。少し筋肉質な背中に手を回して力いっぱい抱きしめれば小さく呼ばれる名前。 離れたくない、離して欲しくなんてない。いつだって私だけを探して、抱きしめて欲しい。 言葉に出来ない許されない想いを込めて私は小さく彼の名前を呼んだ。 【水底の月】 小さく重なった私たちを ただ、静かな月だけが見ていた _____ かのうさま、素敵な夢をありがとうございました! |