「死んでる」

「…勝手に殺さないでくれる?」



ひんやりと重たい湿気がまとわりつく浴室には私がさっきスイッチを入れたばかりの換気扇の回る無機質な音と、彼と私の幽かな息遣いが聞こえるばかりだった。辰也は浴槽の中、体育座りをして膝の上に頭を乗せて小さくなっていた。もちろん全裸で。



「風邪引くよ」



180もあるでかい男が浴槽でしかも全裸で体を縮込めている様子はなかなか異様であり、それにあからさまに驚かず声を掛けることに成功した私はなかなか頑張ったと思う。タイルはまだ濡れていたが構わず座り込み、浴槽の縁に肘をつき湯に指先を浸してみる。冷たいとも暖かいとも判断しづらい中途半端な温度だった。



「このまま…」

「ん?」

「……このまま、消えてしまいたい」



適度に筋肉のついた美しい体は惨めに震えていた。ひたりと背中に手を添えてその冷たさにぞっとした。彼が本当にこのまま温度が無くなって消えてしまう気がしたのだ。そろそろと肩を抱き寄せようとしたが、かなり力をいれないと動いてくれず結局私が腰を浮かす形になる。



「辰也」



私は何と声を掛けたらよいのだろう。恥ずかしいことに私は彼の恋人でありながら、どうして彼がこんなことをするのか、何を考えているのか全くもってわからなかった。ただ彼が幼い子供のように誰かの救いの手を求めていることだけは何となく理解出来た。下手な慰めや優しさがかえってマイナスであることも。ならば…。



「……ねぇ、一緒にこの浴槽に沈んでしまおうか。辰也となら、沈んで水の底で永遠に眠ってしまっても構わないよ」



耳元で優しく語りかけ、ようやく辰也は顔を上げた。前髪のせいで目が全然見えない。私は長ったらしい濡れて重くなった髪のカーテンをめくりあげ彼の耳へかけたが、すぐに落ちてきてしまう。それでも少しはましになったので髪のことは諦めた。辰也は濁った瞳に戸惑いの色を浮かべながら私を見つめている。



「それとも一緒に消えちゃう?」

「…ダメだよ。君は、…ダメだ」



喘ぐように喉をひくつかせながら、彼は何度もダメを繰り返した。情けなくハの字を眉は描いて、今にも泣き出しそうな顔をしているくせに。



「どうして?」



服を着たままだったが浴槽の中へ足を突っ込み、辰也に覆い被さる。ガラスのように波一つなかった水面が激しく波打った。彼は怯えと困惑、それと少しの期待を含んだ眼差しで私を見上げる。



「そ、れは……」



必死に答えを探す戦慄く唇に私は噛みつくようにキスをした。私を突き放そうとする答えなど聞きたくない。首にしがみついて唇に強く吸い付けば、逃れようとささやかな抵抗を見せる。めげずに唇を重ね続けていると、抵抗は止み、一際大きい水音をさせて彼は私を強く抱き締めていた。急速に背中に水が染みていくあまり心地好くない感覚を我慢して角度を変え迫る唇を受け入れる。



彼は消えたいという。彼は私を突き放そうとする。そのくせ長すぎる長風呂で私の気を引きたくて仕方ないのだ。そんな彼のことなどこれっぽっちもわからないし、きっとわかれないのだろうけど、重ね合わせた唇がまだこんなにも熱いのだから多分まだ大丈夫だ。





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散茶さま、素敵な夢をありがとうございました!






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